鬼は内にあり

「――もういい加減にしてほしいものだな、息吹の乱行は。ほとほと愛想がつきる」
 任務が終わり、ひと時の安息として夕餉を囲む夜。皆でわいわいと鍋をつついていたら、桜花が柳眉を寄せてそんな事を言い出した。ほくほくと肉団子をかじっていた隊長――新米モノノフながら、数多のミタマをその身に宿し、奪還任務の隊長に据えられた女モノノフが、え? と顔を上げる。
「息吹、また何かしでかしたの? この間は禊場で桜花に襲い掛かろうとしてたって聞いたけど」
「襲いかか……それは少し言い過ぎだ。あいつは後ろから驚かそうとしただけと言っていた。叩きのめしたがな」
 うん、そのおかげで息吹の頭にでっかいたんこぶが出来てたのを知ってます。と思いつつ、それで、と先を促す。
「今度はどんな被害が出たの」
「あいつめ、事もあろうに橘花を禊場に誘おうとしたんだ! 幸い通りかかった大和が止めてくれたが、世間知らずな娘を言葉巧みに誘惑するなど、言語道断だ!」
 ああ、里の中で大乱闘になりかけたあの騒ぎか。妹を目に入れても痛くないほどに可愛がっている桜花にしてみれば、息吹の軽薄な態度は断じて許せないものだろう。だからといって(何がとは言ってなかったが)切り落とすと叫ぶのはどうかと思う。
「モノノフとしての腕は確かだし、仲間として信頼しているが、男としては一切信用できん。こう思っているのは私だけではない、君もそうだろう? 女性として、奴の態度は許し難いと思えないか」
 ぎりぎりと匙が折れそうな力で握りしめる桜花の迫力に、思わず顔が引きつった。
(息吹もなぁ、よりにもよって、過保護な保護者のいる木綿ちゃんや橘花に声かけるんだものなぁ)
 結果がこうなるのは目に見えてるのに、あえて困難に立ち向かうのは、勇気があるのか無謀なのか、さてどっちだろう。そんな事を考えつつ、そうだねぇと生返事をしたところで、
「おっ、綺麗どころが揃って何の話だい? ずいぶん盛り上がってるみたいだな」
 当の本人が、別の場所からこちらへ移動してきてしまった。
「ああ……間が悪いなぁ、息吹」
「ん? 何だって?」
 可哀そうな人を見る目でしみじみつぶやくと、息吹がきょとんとした。その襟をがしっと掴み、桜花が半眼になって睨み据える。
「ちょうどいい、息吹。今日という今日は、お前のその軽々しい言動やふるまいについて、一言物申してやる」
「あ、あれ? 桜花、もしかして酔ってる?」
 眼前にまで迫られ、息吹がのけぞって口をひきつらせた。確かに焼酎を結構な勢いで流し込んでいたから、酔ってはいるだろう。だがまぁ、
「桜花が怒ってるのは息吹のせいだからね、自業自得、自業自得。大人しく説教受けたほうがいいよ、息吹」
 里人が丹精込めて作った芋焼酎を有難くすすりながら言うと、息吹はそんな助けて、と情けない声をあげ、しかしなぜか桜花の怒りの矛先がこちらに向いた。
「なぜそれほど他人事のように話しているんだ! この男の毒牙がいつ君にむくか知れたものじゃないぞ! それにこれほど多くの女性が被害に遭っているんだ、隊長から何か一言、言ってやらないのか!」
「まるで人を犯罪者みたいに言わないでほしい……」
 桜花の怒声と、がくがく揺さぶられる息吹が悲しげに呟くのを聞いて、少し考える。息吹の女好きは個人の嗜好によるものだから、あれこれ口出しするのもどうかと思っていたが、あの桜花がここまで言うのなら、確かに隊長として、息吹に注意をした方がいいのかもしれない。
(でも、ただの注意で言うこと聞くとも思えないしなぁ)
 くる、と顔を向ければ、桜花と息吹がこちらの言葉を待って身構えている。そうだね、と首を傾げた後、こういってみた。
「あまり他の女性に気があるようなそぶりを見せないでほしいな。息吹が本気なのは、私相手だけでしょう?」
「…………」
「…………」
「………は?」
「は?」
 沈黙の後、異口同音に疑問符が飛び出す。ちょ、ちょっと待て! と息吹は桜花の手を振り払い、こちらの肩をがしっと掴んだ。
「い、一体いつ俺があんたにそんな事言ったっていうんだ!?」
「やだなぁ息吹、言葉にしなくても気持ちは伝わるものだよ。大丈夫、私も君の事が好きだし、誠意を信じてる」
「す、好きってあんた、いやあのな、俺の事信じてくれるのは嬉しいが、本気とか、恋だの愛だの語った覚えは……」
「……い~~~ぶ~~~き~~~……」
 地を這う声がどこからか聞こえてくる。びくっとした息吹が振り返ると、いつの間にか得物を手にした桜花がゆらりと立っていた。しかもなぜか、
「やだやだ信じらんないっ、何でこんな奴好きになってるの!? 絶対騙されてるんだからっ」
「息吹さん、いくらなんてもおいたが過ぎますわよ」
「軽い男だとは思ってたが、まさかこいつにまで手を出してるとは……大概にしとけよ、伊達男」
「……滅するのみ」
 仲間のモノノフたちもそれぞれ険のある視線で息吹を睨み付けていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待った、誤解だーーっ!!」
 たじたじとなった息吹は一転、脱兎のごとく駆け、戸から外へと飛び出した。待てこの不埒もの!! と頭に血が上った桜花と初穂、速鳥がそのあとを追っていく中、
「あ、お肉がそろそろいい感じ。木綿ちゃん、よそってあげるね」
 当の本人はのんきに鍋を覗き込んでいる。催促されて椀を渡した木綿が、
「あの……いいんですか? 息吹さん、追いかけられてますけど……」
 さすがに見かねて意見したが、隊長はひらひら手を振って流した。
「いーのいーの、息吹は一度死ぬほど痛い目に遭った方が、本人の為だと思うから。桜花たちもさすがに半殺しくらいでやめるでしょ」
「は、はぁ……」
 モノノフ達のじゃれあいは命がけなんですね、と木綿がつぶやくのと、外で鳴り響く派手な剣戟を聞きながら、のんびり鍋を味わう。

 これから数日間、仲間達から散々小突き回された息吹は女性に声をかけるのをやめた。その後、彼が隊長に本気で迫るようになったのは、また別のお話。