カラクリ使いは軍師がお好き2

「うーん……これじゃない……これも違う……」
 独り言をぶつぶつ呟きながら、任務の紙束を次々とめくっていく。お役目所の受付に立って、その様をしばらく眺めていた椿は、いい加減焦れて声をかけた。
「ねぇ、さっきからずっと何を探してるの? これという目的があるなら、私が見つけましょうか?」
「え? あ、うん」
 ぱっと顔を上げたカラクリ部隊の隊長は、何やら悩まし気な顔で首をかしげながら、
「あのね、こう、毛がもっさーとした鬼っていないかな。山ほどむしれるくらいの」
 などと言い出したので、「は?」と思わず素っ頓狂な声が出てしまった。そこへ、
「なんだテメエ、まぁだ探してるのかよ? もう諦めとけって」
 たまたま通りかかった焔がひょいと加わってきた。えーだってー、と隊長が子供のように不満顔になる。
「これだけ鬼がいっぱいいるんだから、一匹くらいモフモフのがいてもいいのに……」
「真鶴にこてんぱんにされたっつーのに、いい加減懲りろよ」
「え、何で真鶴が……?」
 話の流れがさっぱりわからない。モフモフの鬼と真鶴に何の関係が、と疑問を口にする椿に、焔はあきれ顔で首を振った。
「いやこいつさ、どうしてもふかふかの羽根がいるとか言い出して片っ端から鬼を狩ってたんだけどよ。
 ちょうどいいのがいないから、今度は天狐に目ェつけたんだよ」
「天狐って……あっ、まさか、モフモフを狙って!?」
 里を気ままに歩き回る天狐は毛がふさふさしていて、特にその尻尾はとびきりのモフモフだ。
 真鶴は大の天狐好きでモフモフをこよなく愛しており、日々可愛がっている。
 そのモフモフを狙って、隊長が天狐に目を付けたとあれば、
「……ちょっと一塊欲しいって言っただけなのに、鬼みたいな形相で弓を雨あられと射かけてこなくていいと思うの」
「そりゃテメエが悪い」
「それはあなたが悪いわよ」
 しょぼんとする隊長に、異口同音冷たい言葉をかける焔と椿。鬼の副長相手によくそんな事を言ったものだと嘆息しながら、椿はそれで、と話を続けた。
「どうしてそんなにモフモフが欲しいわけ? 何か作りたい加工品でもあるとか?」
 狩った鬼から得た素材を使って、人々は武器や防具に限らず、日用品の類も作り出して利用している。
 常は質素な装いを好む隊長が、戦国武将よろしく羽根だの毛だの使って鎧に派手な装飾を施すとは考えられないから、雑貨の方かとあたりを付けて尋ねてみると、
「枕! 枕を作りたいの! ふかふかでモフモフで、一度寝たら気絶するみたいに夢も見ず、朝まで熟睡できる奴!」
 とやたら気合の入った答えが返ってきた。気絶するみたいってそれやばくねぇ? という焔のツッコミはさておき、
「そんな枕が欲しいって、あなた不眠症にでもなったの?」
 椿は心配になってしまった。隊長はいつも様々なもめ事に巻き込まれ、どんな戦いの時も矢面に立って戦っている。
 もしやその疲れがたまって眠れなくなったのかと思ったが、隊長は眉根を寄せて、
「私じゃなくて、九葉がね。……あの人、十年前から良く眠れないらしくて」
 声を潜めて言った。
 十年前――その年と言えばいわずもがな、九葉が血濡れの鬼と呼ばれる所以となったオオマガドキが起きた年だ。
「へぇ、あのオッサンも悪夢にうなされるなんて可愛げがあったのかよ。だからあんだけ目つき悪いんだなって痛ェッ! 何しやがる!」
 憎まれ口をたたく焔の脇腹に拳を突っ込みつつ、隊長は心配顔のまま言う。
「だからせめて良く眠れるように何か出来ないかって聞いたら……前にウタカタの隊長さんに作ってもらった枕で、とっても良く眠れるようになったって言ってたの」
「ウタカタの隊長……ってああ、あの人が」
 かの里の噂は、西の果てであるマホロバにも聞こえてきていた。
 二年前、二度にわたって世界の危機を救ったと言われるムスヒの君。
 元々東の最前線として精鋭ぞろいと評判の高く、同時に問題児ばかりと悪評も多かった里だが、今では伝説のモノノフとしてその活躍を語られる事が多い。
 その伝説を直接見聞きした相馬、初穂、九葉が現れた事で、最近は噂だけではなく、ムスヒの君の逸話がマホロバで広く流布するようになっており、椿もあれこれと興味深い話を聞いていた。
「鬼を退治するだけじゃなく、不眠症まで治しちゃうなんて、ムスヒの君ってマメな人ねぇ……」
 思い描いていた英雄の図とは少しずれているなと思わず笑ってしまう椿だが、目の前の隊長は逆により一層深刻な表情になり、
「でもその枕が段々へたってきたらしくて、そろそろ新調したいところだが、あやつにわざわざ頼むわけにもゆかぬな……って九葉が言ってたから、代わりを用意してあげたいんだけど」
 手で任務の紙束を叩いた。
「ウタカタで枕に使った鬼が、こっちにはいないみたいなんだよね。それなら代わりにマフウとかカゼヌイとか狩ってみたんだけど、うまく加工できなくて……」
「……で、とうとう思い余って天狐に手を出そうとして、尻に矢ぁ射かけられたってわけだ」
「うう……当たってないもん、全部避けたもん」
 焔にぽふぽふと頭を叩かれ、口をとがらせる隊長。そりゃあ真鶴も怒るわけだわ、と椿も苦笑してしまった。
「それならもう、ウタカタの隊長さんにお願いして送ってもらうしかないんじゃない? 前に比べれば輸送路も安定してきたし、時間はかかるけど確実に手に入るでしょう」
 そう提案してみたが、駄目! と隊長は拳を握りしめた。
「九葉が眠れなくて困ってるなら、私がどうにかしてあげたいの! できればウタカタの人に頼らないで助けてあげたいのっ」
「……あなた本当に九葉のこと、大好きなのねぇ……」
 思わずしみじみ呟いてしまう。元々、上司と部下の関係であったにしても、隊長の九葉への懐きぶりはちょっと意外に思う。
 何しろ相手の見た目からして女子供に好かれる面もちではない事は確かで、椿も正面から立ち向かいたくはないと思う。威圧感がすごい。
(まあ、それだけ九葉としっかりした信頼関係を築いてたって事なんでしょうけど)
 人を好きになるっていうのは、外見だけの事じゃないのね、と変なところで感心していたら、
「おっ、そうだ。そんならこうすりゃいいんじゃね?」
 急に焔がぽんと拳を打った。何かと顔を向ける二人に対して、焔はさも名案というように晴れやかな笑顔で、
「そんならテメエ自身が枕になりゃいいじゃん。若い女が抱き枕になりゃおっさんだって嬉しいだろうし、どんな悪夢だって裸足で逃げ出すだろ。ってか夢なんか見てる暇なくなんだろ」
 とか言い出したので、
「ばっ、バカかあんたは何言いだしてんの!? ってちょっとそこの隊長!!! それだ! みたいな顔してんじゃないわよ!!!!」
 椿はお役目所いっぱいに響くような大声で力いっぱい突っ込んでしまった。

 その後必死の引き留めにも関わらず、隊長が夜這い? を決行し、深夜の里中ひっくり返るような大騒ぎになったわけだが……それはまた、別のお話。