イージー・マインド

「――スパーリングマシンを自力でぶっ壊したって? よくやるもんだな、ちょっとやそっとじゃ壊れないはずだが」
「……すみません」
 無理を重ねたあげく、肘部分に異常を来たしたギアのメンテに訪れた時。
 技術者が呆れ顔で言ってきたので、勇利は小さく謝罪した。相手は肩をすくめる。
「俺に謝っても仕方ない、会社に頭下げるんだな。あれいくらすると思ってんだ」
「弁償します」
 当然の事として告げたのだが、相手は取り合わない。
「とっくに経費で申請だしちまったよ。次のも手配してあるから、今度は壊すなよ」
「……はい」
 目を伏せて頷く。相手は肘を持ったまま、じっとこちらを見上げてきて、
「お前さんがいつになく荒れてんのは、キャットが出て行ったからか」
 さらりと尋ねてきたので、視線を背けた。
 それ自体が答えそのものだからだろう、彼はしょうがねぇなと苦笑する。
「何があったか知らないが、手前てめえの都合を仕事に持ち込むのは感心しねぇな。らしくもない」
「分かっています」
 自分でも、らしくないとは思っている。
 だが、嵐が吹き荒れるように心が乱れて、集中できない。
 長く自制心を強く保ってきていたのに、感情を抑える術を知らない子どものごとく、物に当たって壊しているなんて、どうかしている。
(だが、どうにもできない。……納得できない)
 シャルが一方的な別れを告げてから、数日。
 何度連絡してみても電話は繋がらないし、やはり家に帰った気配もない。
 安否さえ分からない現状と、彼女が自分を捨てた理由が分からなくて、辛い。
(こんな心を乱してどうする。メガロニアはすぐだ)
 ぐ、と膝の上に置いた手で拳を握る。
 調整を終えたギアをゆっくり下ろした技術者が、ぽん、と勇利の肩に手を置いた。
「考えても答えが出ないなら、いっそ脇に置いて、いま目の前の問題に取り掛かるんだな。
 幸い、お前さんはメガロニアって大仕事が待ってるんだ。
 集中するのに、これ程うってつけのもんはないだろ?」
 ハッと顔を向けると、男はいつものように斜に構えた笑みを向けてきて、もう一度肩をすくめた。
「女心は秋の空ってな。
 ましてあいつぁキャットだ、そのうちふらりと戻ってきてもおかしかない。
 その時こっぴどく叱るために、今はその気持ちをため込んでおくんだな、チャンピオン」
「……そうですね」
 マシンを壊しても、こうして事情を知っている相手と話をしても、問題は何も解決していない。
 だが、わずかに気が楽になって、勇利はかすかに口の端を上げた。
 千々に乱れた心は今も変わらず。それでも目の前のもやは、少し晴れたように思えた。