「……それでお前は別れたいと言ってきたのか。
俺に一言も相談せず、自分一人で勝手に決めて、全て自己完結したと。
そういうことか、シャル」
頭の上から、低く淡々とした声が降ってきた。
勇利は指一本触れていないのに、その声だけで、首を押さえつけられているような圧迫感がある。
「うっ……あの……すみません……」
床に正座したシャルは、がっくりと肩を落としてしまった。
……やはり話すべきではなかったか、という考えが頭をよぎるが、
(でも……やっと少し落ち着いてきたし、勇利には聞く権利、あるよなぁ……)
と思えば、何も言い訳できない。
しかし退院して家に帰り、少しずつ以前の生活を取り戻しつつある今になって、なぜあの時別れようと言ったのかと問い質されようとは。
(勇利がもう引退状態だからか、藤巻のちょっかいも、あの後ないし……)
今なら話しても問題ないだろう。
そう判断し、おそるおそる打ち明けたら――車椅子の前に正座させられ、説教を受けるはめになってしまった。
「……大体お前はいつも一人で解決しようと、無理をし過ぎる。
周囲を気遣うのはいいが、もっと自分の身を顧みろ。
それに普段から警戒心に欠けているのも、自覚しろ」
「はい……おっしゃる通りです……」
折々、勇利に注意されている事をまとめて叱責されてしまっては、頷く事しかできない。
とはいえ、そんなに自分は無警戒だろうか、無理をしているだろうか、と思ってしまう。
(少なくとも今は、そんなに無茶してないんだけどなあ……)
生活が勇利中心になっているから、一人で深夜出歩いたり、昔の知り合いにからまれるなんてことも無い、穏やかな日々だ。
勇利のスポーツカーでは車椅子が不自由だから、介護に向いた車を買う予定で、そのための免許取得に忙しくしているが、それも必要だからしているだけだし。
などと考えていたら、勇利が前のめりになって、こちらの顔を覗きこんだ。
至近距離からじっと見据え、
「シャル。もし今後、自分の手に余る事態になったと思ったら、まず俺に相談しろ。
自分でどうにか出来る、と勝手に判断するな。
……分かったな?」
「は……は、はい、わ、分かりました!」
迫力に押されて、こくこくうなずくと、勇利はようやく気が済んだらしい。
手を差し伸べて、立つように促してきたから、
「あ、ありが……っと、いっ……!」
その手を借りて立とうとしたら、足が痺れてぐらりと体が傾いだ。こける、と思った瞬間、腕を引っ張られて、
「うわっ!!」
どさっ! と勢いよく、勇利の腕に飛び込んでしまった。厚い胸板に鼻をぶつけてしまい、うう~~っと思わず呻いていると、
「大丈夫か。……長時間、座らせて悪かった」
すまなさそうに言うものだから、慌てて首を振った。
「そ、そんなの、こっちが全部悪いんだから、当たり前だろ。それより勇利こそ」
衝突して痛くなかったか、と聞こうとしたら、不意に後頭部を大きな手で包み込まれた。
「……お前に何があったのかと、あの時は、生きた心地もしなかった。もう二度とあんな思いはしたくない。
だから無茶はしてくれるな、シャル。
俺は今、お前を失う事が、一番怖い」
「っ…………」
勇利が低く、囁きかけるような声でそう語りかけてきたので、言葉が出なくなってしまった。
頭を撫でる手つきが優しくて、泣きたくなるほど胸が締め付けられる。
「……ごめん、勇利。二度と、あんな事しない。ずっと、一緒に居るよ」
自分が悪いのだから、泣き顔を見せたくないと、シャルは広い胸に顔をうずめた。
背中に両手を回して、ぎゅっとしがみつきながら、
(ああ、きついな。……叱られるより、優しくされる方が、ずっときつい)
あの時どれほど勇利に辛い思いをさせてしまったのかと、罪悪感で胸がずきずきと痛んで、仕方がなかった。