「……あっ、こら、動くな! まだ全然乾いてないだろ!」
ぎゅむ、と首の皮を掴み、足を体に回してホールドすると、犬が不満そうに鼻を鳴らした。
今にも逃げ出しそうだが、その全身を覆う毛皮はまだべったり濡れていて、とても手放せるものではない。
床に座り込んだキャットは力負けすまいと努力しながら、毛をわさわさとかき混ぜ、ドライヤーの熱風を当て続けている。
(雨降ってこなきゃ、あんな汚れなくて済んだのに)
すっかり習慣になった散歩をしている最中、突然の大雨に見舞われたあげく、犬が泥にはまって全身真っ黒になってしまった。
勇利の家に急いで戻って、風呂で洗ったはいいものの、毛が多すぎてなかなか乾かない。
しかも隙あらば犬が逃げようとするので、思っていたよりもずっと大変だ。
(くそー、降りそうな時はもう絶対いかないからな)
そう思いながら毛にわしわしと手を突っ込んでいたら、
バサッ。
後ろで何かが落ちる音がした。「?」振り返れば、勇利が入り口に立っている。
足元に新聞があるのは、これが落ちたのか。
「あ、勇利お帰り。
ごめん、こいつが汚れたから、風呂借りたよ」
思っていたより帰宅が早かったと声をかけたが、相手は黙って立ち尽くしている。
やがて腰を折って新聞を拾い上げると、なぜか大きなため息をついた。
「……それはいいが。お前、何て恰好をしてるんだ」
「ん?」
突っ込まれて、自分の姿を見下ろす。
ドライヤーの熱風を浴び続けて暑くてたまらないので、スウェットは膝までまくりあげ、上はどうせ汗をかくからと、素肌にバスタオルだけ羽織っている。
「だってシャツ着たら、汗でびしょびしょになるだろ」
大体、さっき洗って乾かしている最中だから、着替えもないし。そう思いながら答えたら、
「…………」
勇利が目を細めて黙り込んだので、犬へ意識を戻す。
頭の方はだいぶ乾いてきた気がするが、下の方はまだまだだ。
これは時間かかるなとうんざりした時、ふっと風が頬をかすめた。
「ん?」
視線を向けると、脇に膝をついた勇利が顔を近づけて、
「……襲いたくなるから、今すぐ服を着ろ」
低く喉を震わせる声で耳を撫でる。
「…………は」
一瞬ぽかんとし、それから、
「は!?」
意味を理解した途端、ボッと体温が急上昇した。
慌ててタオルの前をしめると、勇利はこん、と頭を軽く小突いて、洗面所を出ていく。
残されたキャットは真っ赤になって硬直していたが、
「……くぅん」
まだかと言いたげに犬の鼻でつつかれ、我に返った。
(おそ……襲いたくなるって……い、いや、深く考えるな! 勇利のいつもの冗談だろ!)
そう思いつつ、キャットは半渇きのシャツをひっつかんで、急ぎ袖に腕を通した。
……今後はちゃんと服を着よう。
勇利がいつ今みたいな不意打ちをしてくるか、知れたものじゃない。