ある日立ち寄ったファストフード店でのこと。
「えーでもさぁ、やっぱ抱かれたいって言ったら勇利じゃん?!」
「ごほっ!」
ハンバーガーを頬張ったところで耳に刺さった声に驚いて、詰まりそうになった。慌ててジュースを流し込み、どんどん胸を叩いてようやく息を吹き返す。
(な、何だ今の)
まだむせながらちらりと視線を送ると、テーブル席にいたのは女子大生くらいの集団だった。どうやら雑誌を皆で読んでいるらしい、ページをめくりながら、
「そうだけどー勇利こういう企画全然出てくんないから、好みとかわかんないよね」
「ミキティーはいっぱい喋ってくれるのにー」
「でもミキティーもさぁ、結構はぐらかしてない? まじでおとなしい清楚な女好きなのかな」
「デートはめっちゃスマートそうだよねー何しろ白都コンツェルンのお坊ちゃまだもん、すっごいおしゃれなレストランいってさぁ、ホテルもロイヤルスイートみたいなとこでさぁ、一晩中エッチとかいいじゃん」
(……ミキティーってまさか樹生の事か……)
雑誌の中身は見えないまでも、おそらくはメガロボクサーの特集が載っているのは、ようやく察しがついた。あとその内容も。分かったからには、居心地が悪い。
(まあ……勇利も樹生も、見た目いいし、女ファン多いもんな……抱かれたい男ナンバーワン的な話は結構前からあった気はする)
残りを急いで片付け、そそくさと店を出る。何となく速足で遠ざかろうとしているのは、まだ顔が熱いせいか。
(……別に、下ネタが全部駄目ってわけじゃ、ないんだけど)
ふと思い出したのは、白都ジムの飲み会に参加した時の事。
自分だけ女、男だらけの飲み会では、酒が進むにつれ自然と下世話な方向に流れていき、あほらしと聞き流していたのだが、
『勇利だけはよくわかんねぇよなー、あいつ女いても絶対隠しそうだ』
『なー、そもそも興味あんのかどうかすら……まさか童貞じゃねぇよな』
という話題が出た時、うっかり酒を吹いてしまった。過剰反応したのが面白かったのか、しかも連中には自分が勇利に片思いしていると思われていたからか、
『憧れの人が女ったらしじゃなくて良かったなぁキャット!』
『こういう話はまーだお子様には早かったか、がははっ』
などとからかわれたのだが……
違う。逆だ。知ってるから反応に困るんであって。
思った瞬間、勇利と個人的に過ごす時間のあれこれが物凄い勢いで頭の中を巡ってしまい、
(う、うわぁーーーー!!!! やめろ!!!! 今思い出すのやめろ!!!!)
叫ぶのは辛うじて堪えるも、その場にしゃがみ込んでしまった。何にしろ、
(ゆ、勇利としてるって、いまだに夢じゃないかって、思うくらいだ……)
恋人、と一般的に言われる関係になって、多分結構順当に関係を進めて、今はもう体の関係まで結んでしまっているわけ、だが。
(……あんなえっちな事、いっぱいするなんて、思わなかった……)
片鱗を思い出すだけでも全身が恥ずかしさで燃えそうになる。
駄目だ、昼日中に何を考えてんだ。くそう、昼のファストフードで、でけぇ声で抱かれたい男だのなんだの騒いでんじゃねぇよ!!
(あーもう仕事、仕事に集中!! えろい事ばっか考えてるの、あいつらと変わんないだろ!!)
八つ当たりしつつ気持ちを切り替えようと、思い切り頬を叩いた。ところで、
「シャル。……何をしてるんだ」
「っ!!!!!!!!!!」
ロードワーク中の勇利と出くわして、心臓とまるかと思った。やめてくれ、今どんな顔すればいいのかわかんねぇよ!!