ディープ・ヘイトレッド

 白いカーテンを舞うように揺らし、優しい風が頬を撫でていく。
 目覚めを促す鳥は軽やかに歌い上げ、差し込む陽光は柔らかく暖かく、これ以上ないほど完璧に爽やかな朝を告げている。というのに、
「……腰いたい……」
 そんなものを満喫する余裕もなく、キャットはベッドに沈没していた。
 目が覚めてからと言うもの、少し身じろぎするだけで痛みが走るので、まんじりともせずに横たわっている。
(もう腰っていうか、全身が痛い……足もつったし)
 試合でぼろぼろになるのとはまた違う、満身創痍の状態に、ため息が出る。
 こんなの初めてだ、と思った途端、急にその原因を思い出してしまい、
「うっ……」
 息が詰まり、カーッと頬が熱くなって汗までかきだす。
 思わず、痛む腕を持ち上げて顔を覆い、
(は、激しかった……。あんなにしたら、そりゃボロボロになるだろ……)
 と恥じ入ってしまう。
(元々体の大きさが違うから、結構無茶だったけど。にしても、すごすぎた……)
 勇利は常にストイックで冷静で、メガロボクス以外には興味を示さず、女なんて寄せ付けもしない。そんな禁欲的なイメージだったというのに、完全に裏切られた。
(最初は普通だったのに、途中からなんか切れたみたいな感じになって、もう訳わかんなくなったな……)
 つられて自分もだいぶ乱れた気がして、それがよりいっそう恥ずかしい。
 あれじゃまるで、未認可地区にたむろする娼婦みたいだ。
 元々猫をかぶっていたつもりはないが、もしかして勇利も幻滅したのでは。一人で悶々としていると、
「……シャル。朝食を持ってきたが、食えるか」
 こんこん、とノックをして、当の本人が寝室に入ってきた。慌てて身を起こそうとしたが、
「いって……!」
 やはり腰に痛みが走って、沈んでしまう。
 無理をするな、と歩み寄ってきた勇利は、手にしたトレイをひとまず脇によけ、枕とクッションを重ねた。
 促されるままに背中を預けると、何とか上体を起こせるようになる。
 彼はベッドに腰掛けると、
「俺は後少ししたら出る。お前は今日は休め。動けるようになったら帰ればいい。鍵はこれで閉めておいてくれ」
 こちらの前にトレイを置きながら、さくさく指示して、皿の下に置いたカードキーを指さす。
 事務連絡じみた物言いと、平静な態度はいつも通りだ。
(……この人、何で普通に話せるんだ……)
 こっちは昨日の記憶も生々しくて、まともに顔を見られないというのに。何となく恨みがましい気持ちになる。
 しかも用意された朝食はオニオンスープ、ミルク、サラダとヨーグルトに、メインはバターの乗ったフレンチトースト。おしゃれか。
(恋人が朝ベッドに朝食を持ってきてくれるとか、映画つくりものか何かだけの話だと思ってたよ……)
「……いただきます……」
 つくづく格差を感じつつ、とりあえずスープに口をつける。
 こわばった体にしみ入る熱さで、味は文句なく美味い。
 相変わらず、勇利は妙に料理上手だなと思いながら飲んでいたら、
「?」
 視線を感じて目をあげると、彼が無言でこちらを見つめていた。感情の読めないまなざしに、
「……何だよ、勇利」
 気圧されて身を引き気味に尋ねる。
 すると相手が真顔で、
「――いや。お前は子どもみたいな奴だと思ってたが、そうでもなかったな」
「ごふっ!」
 とんでも発言をしたので、ついスープを吹きそうになった。
 どういう意味だそれは、と問う前に、勝手に顔が赤くなっていく。
「な、何でそんな事思ったんだよっ!?」
 かみつく勢いで反論したのだが、勇利は長い足を優雅に組み、
「自分の胸に聞いたらどうだ」
 目を細めて意味深に、口の端をあげて笑う。
(くっ……からかってる、絶対からかってるだろ勇利! なんか恥ずかしいしむかつく!!)
 昨夜の事をほのめかされて、気の利いた返事するなんて無理だ。結局、
「……勝手に人を子ども扱いして、勝手に考え直すの、やめてくれよ……」
 とだけ答えたのだが、我ながら情けない声だったし、勇利は相変わらず笑ったまま、こちらの頭をぽんぽん、と軽く叩くくらいには余裕綽々だった。
 ……何か悔しい。フレンチトースト美味いし。