「――ところで、勇利。お前さん、キャットとつき合ってるのか?」
「……」
ラボでの検査を終えた後のこと。
検査台に腰掛けてボトムスに足を通している時、不意に問われて、勇利は動きを止めた。
顔を上げると、技術者はタブレットをいじりながら、何の気なしに尋ねてきたようだ。
「……なぜそんな事を?」
明言を避けて聞き返せば、白衣の男はペンでこめかみをかく。
「いや、最近のお前ら見てて、何となくな。
……んな顔するなよ、別に告げ口なんざしねぇ。
俺ぁ悪かねぇと思ってるしな」
「…………」
もう片方の足も入れながら無言を貫くと、相手は肩をすくめて笑った。
「キャットはメガロボクスが出来なくなって、お前さん以外のより所がなさそうだからな。
それに勇利、お前さんにも良いことだと思うぜ」
「……」
「孤高のチャンピオンってのもそりゃいいがな、それだけじゃあ息が詰まらぁ。
ただでさえ、白都に繋がれた犬みたいな状況だしな」
辛辣な表現に、つい苦笑する。
「あんまりな言いようですね。オーナーに叱られますよ」
「嬢ちゃんが怒るなら、そいつぁ図星だからさ。
はっきり言やぁ、お前さんを人体実験に使ってるんだからな。負い目の一つくらいあるだろ」
「……そんなもの」
こちらは白都から、ありあまるほどの恩恵を受けている。
仮にオーナーが負い目を感じたとしても、見当違いだ。
そう思って否定しようとした勇利に、技術者はともあれ、と先を続けた。
「白都の事情でがんじがらめに縛られてるお前さんが、キャットみたいに裏表のない跳ねっ返りとつき合うのは、悪かねぇと言ってるのさ」
「……跳ねっ返りという点は同意します」
ふ、と笑った勇利は、靴を履いて立ち上がる。
こちらがあくまでも推測を肯定しないせいか。技術者はまぁどっちでもいいけどな、と呟いて、隣室へ移動した。
ガラス越しに見やれば、もはやこちらに構わず、検査結果を映し出すディスプレイに注意を向けている。
どうやら今のは、世間話程度の関心らしい。
それならいい。ただの憶測を口軽く吹聴しないだろう。しかし、
(……あまり意識していなかったが。端から見て、それほどあからさまか)
ならば注意すべきだと思う。
おおっぴらに彼女との交際を公言する事に支障があるのは、勇利も承知している。
自分自身が一挙手一投足を注目される立場にいるのはもちろん、キャットもかつては女メガロボクサーとして、マスコミに面白おかしく書き立てられていた。
今はただのトレーナー見習いだが、万が一関係が知られれば、騒ぎになるのはもちろん、過激なファンが彼女を傷つけるかも知れない。
それに、トップアスリートたる勇利の異性交遊となれば、余計な横やりが入る可能性もあるだろう。
(……確かに、自由ではないな)
上の服を手に取りながら思う。
自ら望んで今の地位を築いた事を、誇りこそすれ後悔はしていない。
だが、時折どうしようもなく、息苦しさを感じる時がある。それが身勝手な願望と分かっていても、消し去ることが出来ない。
(俺もまだ、
考えながら服の袖に腕を通そうとした時、ふと視界の隅で動く物を捕らえた。
何気なく視線を向けると、ちょうどキャットが入ってきて、ボードを片手に技術者と何やら話をしている。
そこで気配でも感じたのか、彼女もこちらに気づいて顔を向け――途端、驚きの表情とともに、ぱっと頬が朱色に染まった。
「?」
何事かと軽く首をかしげる勇利に対して、キャットは視線をさまよわせ、しまいにはボードの影に顔を隠してしまう。
その仕草でようやく、こちらの着替えに恥入っているのだと気づき、
「……」
勇利は着かけていた服を頭からかぶる。
袖に腕を通して身支度を整える頃には、彼女の姿はもう見えなくなっていた。
どうやら、用件を済ませて、そそくさと退出したようだ。
(……なるほど。これは、あからさまだ)
これまでなら、脱いでいようと何だろうと屈託もなく、勇利かっこいいなあ等とほめそやしていたキャットがあんな反応をすれば、誰だろうと気づくに決まってる。
案の定、こちらの部屋に戻ってきた技術者はくつくつ笑いながら、
「いやはや、ぽーっと黙り込んじまって、触れなば落ちん、なんて風情だったぜ。
まあ変われば変わるもんだな。絵に描いたような恥ずかしがりようで、見てるこっちが照れくさくならぁ。
勇利、お前さんがいくらうまく隠しても、あれじゃ大声で宣伝してるのもおんなじだぜ」
そう忠告してきた。
これには勇利も苦笑いを漏らして、
「……ええ。考えておきます」
今度は素直に答えたのだった。