オーバーライト

「四、五、六……ん、一個足りない」
 リストを片手にセコンド用品の数を確認していて、バンテージが足りない事に気づく。
 おっかしいな、ちゃんと数えたはずなのに。キャットは頭をかきながら、保管棚へ歩み寄った。えーっと在庫は、と順番に棚を目で追い、
「……高い」
 上方に置かれた箱を見つけて、げんなりした。
(あのくらいなら、まだ何とか届くか……?)
 そう思って、
「ん……しょ……くっ……!!」
 精一杯背伸びして手を伸ばしてみたが、どうにもぎりぎり届かなかった。
 こういう時、自分の低い背丈が面倒で憎らしい。
(しゃーない、台持ってきて……)
 かなり粘ってから、結局あきらめて踵を落とした時、
「キャット、これか? ほらよ」
 後ろからひょいと腕が伸びて、あっさり箱を取った。ぽんと手渡してきたのは、ジムの選手の一人だ。
「あ……どうも」
 不意の手助けに目を瞬いていると、相手はハハッと気さくに笑い、
「お前じゃ届かないし、届いても頭に落っことすだろ、こんなもん。ちっこいんだから無理すんな」
 ぐしゃぐしゃっと頭を乱暴に撫でてくる。
「わっ、ちょ、やめろよ! 子ども扱いすんな!」
「大人なら最初から踏み台使うか、人に取ってもらうかしとけ。じゃあな」
 抗議の声もあっさりいなして、相手はさっさといなくなってしまう。
 残されたキャットはむー、と口をとがらせてしまった。
 反論できないのが悔しい、自分がこんなチビでなければ、あんな風に言われなかったのに。
 そんな事を思いながら、元の場所に戻ろうとしたら、
「キトゥン」
「! あ……ゆ、勇利」
 ちょうど通りかかったらしい勇利に声をかけられて、思わず肩が跳ねた。
(前よりは、顔見られるようになった、けど)
 その姿を見た途端、急に顔が熱くなって、心臓が好き勝手に跳ね始める。
 前より更にドキドキが増して、頭がふわふわしてしまって、何とも気恥ずかしい。
「……これを返しにきた」
 対して、勇利はいつもと変わらない平静な様子だ。
 手に持っていたバンテージを、キャットが持つ箱の上にぽん、と置く。
「あ……、一個足りなかったのこれか」
「少し借りるだけのつもりだった。悪いな」
「そんな、謝らなくていいよ。足りなきゃ足すだけだし」
 何気ない会話のやりとりをしていても、何だか前よりそわそわした気分になって、何とも落ち着かない。
(子どもじゃないんだし、勇利みたいにもうちょっと普通にしないとだよな)
 そうしないとジムや会社の人々に、勇利と自分が……というのがバレてしまう。
 バレたら厄介な事にしかならないだろうとは、ちょっと想像したくないくらい簡単に思いつくから、もう少し自重しなければ。と考えていたら、
「…………」
「わっ?」
 不意に勇利がぽん、と頭の上に手を置いてきた。
 そして真顔の無言で、くしゃくしゃ、と緩やかに髪をかき乱して撫でまわし、
「ゆ、勇利? 何、してんだ?」
 何事かと問いかけたにも関わらず、やはり無言で手を離した。
 そしてそのまま、すたすた去っていったので、
(……何だ今の。今日は頭撫でられる日なのか?)
 キャットは狐につままれたような気持ちで、一人残される羽目になったのだった。