病院は苦手だ。
独特の匂いと、静かなのにどこか忙しない空気。すれ違う人々は皆どこか病の気配をまとっているようで、居心地が悪い。
いや、居心地が悪いのは、五年前の事を思い出すからだろう。
『おっちゃんが死んだのはあんたのせいだ!』
死の匂いに満ちた部屋で投げつけられた言葉の痛みは、まだ消えていない。だから今日来るのも、少し勇気がいった。
「ジョー」
たん、と小さな音を立てて扉が閉まるのを見届けてから前を向いたら、声をかけられた。
視線を動かすと、車椅子で勇利がこっちにやってくる。
「あいつの様子はどうだった」
歩み寄れば開口一番、問われる。どうと言われて、少し肩をすくませた。
「思ったよりは元気そうだな。もっと落ち込んでるかと思ったから、安心した」
「……お前にも、そうか」
低い声がさらに低くなる。見下ろせば、車椅子の男の表情はさえなかった。
(こいつの方が落ち込んでるのか)
リュウがここに運ばれてきた夜、いついかなる時も揺らぎなく強かった男が吐いた弱音。それが、リュウの死地は目の前なのだと現実を突きつけてきたようで、辛かったのを思い出す。
――だが。
『俺は諦めてない』
先刻、病室で聞いたばかりの声が耳に蘇った。
『信じるのは俺しかいない。それでもいいと思えたんだ』
まっすぐな目で前を見るリュウの、揺らぎのない強い言葉が、勇利の諦めを塗りつぶしていくように感じた。
(ああ。俺もあんたを信じる)
そう思った時、居心地の悪さまで柔らかく溶けたような気がして、少し笑った。その気配に気づいて、いぶかしげにこちらを見る勇利の肩を、すれ違いざまに叩く。
「――言ったろ。タオル投げるのは、まだ早ぇってよ」
息を飲む気配がしたが、顔は見ないまま、歩き出す。
病院は苦手だ。死が追いついてきそうで、早く逃げ出したくなる。
それでも今日はどこか柔らかな光が満ちているように思えて、少し気分が良い気がした。