「私は先生の話を聞いてきますね。ここはお願いします」
そういってゆっくり歩いていくジミーの背中は、どこか小さく見える。受け取った薬瓶を握りしめてそれを見送った後、その部屋の方へ向き直った。
深呼吸する。腹に力を入れる。消沈した顔を見せるべきじゃないと気合を入れてから、歩み寄り、扉の前に立った。
ガラス張りの向こうに見える光景は、何時間も変わりない。
呼吸器をつけられ、いくつもパイプに繋がれ、生命を維持する措置を施されたリュウ。それを傍らで見守り続ける、勇利。
「……」
リュウの安否を思うと胸が痛い。張り裂けそうだ。でも、今はそれだけにとらわれてはいけない。小さく息を吸って、戸を開けた。
「勇利」
「……」
声をかけたけれど、返事はなかった。ほんのわずかに視線がこちらを向いて、すぐリュウへ戻る。目を離せない気持ちは理解できるけれど、あえて声を張った。
「勇利。ベッドを用意してもらったから、少し休んで。リュウは自分が見てるよ。もし眠れないなら、この睡眠改善薬も使っていいって」
「…………俺は、ここにいる」
答えは固い。そうだろうと思ったので、そばに近づく。
見下ろした勇利の表情は憔悴していて、生気がなかった。その様子には見覚えがあったから、更に胸が重苦しくなる。そっと肩に手を置いて、
「食事もしてないし、休まないと、勇利の方が参るよ」
「リュウがこうなったのは俺のせいだ」
そうじゃない、と皆で何度も言葉を重ねた。それでも曲げられないのは分かる気がするが、
「このままじゃ倒れるから。お願いだから休んで」
「出来ないと言っている。ほうっておいてくれ」
珍しくぱしっと手を払われた。
その衝撃は大したものではなかったけれど、もう少し強く言うべきなのだと分かって、眉間に力がこもった。勇利、と今度はぐっと肩を掴み、
「勇利が危篤状態だったとき、自分も同じことしたよ」
「!」
告げると、勇利がハッと息を飲んでこちらを見た。揺れる眼差しを真っすぐ見つめ返して、
「水も何も喉を通らないのも分かる。でも、見守る方もちゃんと休んで、体力もたせないと駄目だよ。……本当に何も、出来なくなるから」
「……シャル」
かすれた声を漏らした勇利はぎゅっと眉を寄せると、肩の手に自分の手を重ねて、すがるように顔を寄せてきた。
懐に沈んだ頭を優しく撫でて、休もう、ともう一度促す。小さく頷くのを感じながら、またリュウを見た。
あの表情豊かな顔は覆い隠され、生を感じられるのはかすかに上下する胸元と、機械が告げる無機質な電子音。
どうか、この人の命を無慈悲に奪わないでほしい。あの時、メガロニア決勝で重傷を負った勇利の枕元で誰にともなく祈ったことを思い出したら、目が熱くなった。
(泣いちゃ駄目だ)
今勇利を支えるためにも、泣いてはいけない。唇をかんで堪え、天井を見上げる。
夜は、まだ明ける気配がない。