ディスクローズ・ヒム

 ――それから、しばらく後のこと。
 メガロニアの開催日が刻々と近づく中、勇利はトレーニングと広報活動とで、多忙を極めていた。
 白都コンツェルンの大型プロジェクトとなれば、その影響範囲は多岐に渡る。
 この機会に、ギアテクノロジーの更なる周知を目指すとなれば、白都の最新型ギアを身につけたキング・オブ・キングスは、格好の広告塔だ。
 メガロニアの四枠のうち、一枠は勇利の出場が確定している。
 となれば、その宣伝をする場へ引っ張りだこになるのは必然だった。
「――では、インタビューは以上で終わりです。お忙しい中お時間をいただいて、ありがとうございました。
 それにしてもいよいよメガロニアですね、熱い試合が見られるのを楽しみにしています!」
「ああ」
 本日三本目の取材を終え、ようやくインタビュアーから解放された勇利は、心中でため息をついた。
 これも仕事の内と分かってはいる。
 受け答えだけはそつなくこなせるようになったものの、いつまで経っても慣れない。煩わしい取材を受ける暇があるなら、トレーニングに勤しみたい。
 そんな事を思いながらメディアルームを出ると、
「やぁ、勇利。取材が終わったのか?」
「樹生」
 廊下の向こうから樹生がやってきた。颯爽とした立ち居振る舞いを目にして、
(こちらのほうがよほど、マスコミに好かれる)
 などと思う。
 弁舌爽やか、容姿端麗、そして白都の血を引くメガロボクサー。人の注目を浴びるに十分な条件だ。
 それは本人も理解していて、顔出しを怖じず、むしろ積極的に応じているのだから、自分よりもずっとメディア受けしている。
(樹生ならば、取材を苦に思わないだろう)
 勇利がそんな事を考えているとは知らず、彼はこちらに並んで歩きながら、
「今日の会食、君も呼ばれているんだろ」
「……いや。これから用事がある」
 勇利はちらりと時計を確認して答える。そうなのか、と樹生が意外そうに眉を上げた。
「まだトレーニングか?」
「病院だ。今から行かなければ、面会時間が終わる」
「面会? ……ああ、また野良猫ストレイキャットに会いに行くのか」
 樹生は呆れたように、大げさな仕草でかぶりをふる。
「あいつが入院してからこっち、ずいぶん足しげく通ってるじゃないか。
 まるで心配性の親みたいだな」
「……子猫を拾ったのは俺だからな。責任は感じるさ」
 保護者めいた感覚でいたのは事実なので、苦笑する。
 樹生は何を馬鹿な、と口を曲げた。
「あいつがボクシングを続けられない持病を抱えていたのは、誰のせいでもない。ただの不運な巡り合わせだ。
 君が責任を感じる必要はないだろう」
「……そうだな」
 確かに理屈はそうだ。
 だが――彼女がどれほど、メガロボクスを渇望していたか。
 それを諦めなければならないと知って、どれほど絶望したか。
 一部始終をこの目で見ているからこそ、割り切れない気持ちはある。
 曖昧な反応をしたこちらに、樹生は眉をひそめた。何か言おうとしたが、気を変えたのか、
「まあいい、野良猫によろしく伝えておいてくれ。
 お前の減らず口が聞こえなくて、せいせいしている、とな」
 皮肉げに笑って、手を振る。
 立ち去る背中を見送った後、勇利は駐車場の方向へ足を向けた。

「――ええ、キャットさんは問題ありませんよ、勇利さん。経過は順調です。
 それどころか回復が早くて、スタッフも驚くほどです」
 うららかな日差しの差す、午後の時間帯。
 彼女の入院先である病院についた勇利はまず、主治医に様子を聞くことにした。
 すでに顔なじみとなった医師は、人々が行きかう廊下を歩きながら説明を続ける。
「手術前後は、鬱状態で動けなくなってしまいましたが、今はむしろ、誰よりも熱心にリハビリをしています。
 あの粘り強さはもしかしたら、メガロボクスで鍛えた素地があるからかもしれませんね」
「そうだと思います。あいつはトレーニングをほとんどさぼりませんでしたから」
 何ともあいつらしい、と口元が緩む。すると医師も大きく頷き、
「それにあなたの存在も大きいと思います」
「俺の存在?」
「ええ。キャットさんは、いささか人見知りをされるようで、こういっては何ですが、我々スタッフにも、他の患者とも馴染まれていないんです。
 ですが、ことあなたの話となると、別人みたいに明るくなって」
「……」
「勇利さんがこうして何度もお見舞いに来て下さるので、キャットさんもずいぶん励まされているようです。
 病は気から、といいますから。
 あなたのように心から信頼できる人が傍にいるのは、回復を助けるという意味でも、とても良い事ですよ」
「……そうですか」
 他人の口から彼女の崇拝ぶりを聞かされると、何とも気恥ずかしく、顔が熱くなるような気がする。
 それを隠すように目をそらす勇利をよそに、
「ああ、キャットさんはあちらですね。
 確かあれが最後のメニューですから、少し待ちましょうか」
 リハビリテーションルームまでやってきた医師が、開いたドアの先を指さした。
 それに従って向けた視線の先では、高さを腰の位置に設定した平行棒で、彼女が歩行練習をしているところだった。
「っ……、は、く……ぐっ……!」
 入院着をまとったキャットは、渾身の力を込めて平行棒を握り、玉のような汗を流している。
 歯を食いしばって進むその歩調はゆっくりではあるが、以前よりもよほどしっかりした足取りだ。確かに回復が見て取れる。
 そのまま端までたどり着くと、作業療法士がその体を支えた。汗をタオルで拭いて、
「はい、お疲れさまです! 今日はここまでにしましょうか、キャットさん」
「……分かった。庭、行っていいか」
 はぁ、はぁと息を荒げながらキャットは顎をしゃくった。示した窓の外は中庭だ。
 ええもちろん、と療法士が頷く。
「日向ぼっこも体に良いですよね。車椅子、出しますか?」
「いや、杖でいい」
 そっけなく答えた彼女は松葉杖を使って、ゆっくりとだが断固たる足取りで、外へ出ていく。
「――あの通り、一日でも早く元に戻ろうとするみたいに張り切ってますよ。
 あまり無理をするのも、かえって良くないんですが」
 見守っていた医師の言葉に、勇利は眉根を寄せる。
(ジムでも時折、オーバーワークをしていたな)
 熱心になるあまり、過剰な運動をして体に負荷をかけてしまう癖は、ここでも同じらしい。
「俺からも言っておきます。あいつのところへ行っても?」
「ええ、もちろん。どうぞごゆっくり」
 そこで医師と別れ、外へ足を踏み出した。
 病院の中庭は木々が整然と並び、そこかしこに花が咲き乱れ、青々とした芝が広がっている。
 患者と、看護師やその家族とおぼしき人々が歓談する中、彼女は杖を脇に置いて一人、ベンチに座っていた。
「はっ……はっ……は……」
 足の間に頭を伏せ、乱れた息を整えるのに専心している。
 勇利は歩み寄り、呼吸に合わせて上下する頭に声をかけた。
「水でも飲むか、キトゥン」
「! 勇利、来てたのか」
 顔を上げた子猫がこちらを認めた。
 途端、それまで苦しそうな表情をしていたのが嘘のように、ぱっと明るい笑みが広がる。
(……なるほど。この調子で、周知しているわけか)
 これほどあからさまに態度が変われば、周囲の人間が彼女のキング信仰を察しないわけがない。
 今までは白都という閉じた世界の中でしかなかったが、赤の他人だけの環境で改めて直面すると、何とも面はゆい。
 気を取り直して、勇利は事前に買っていた水のペットボトルを渡す。
「サンキュー、勇利。金、後で払うよ」
「おごりにしておけ。病人から金を取る気はない」
「……じゃあ、遠慮なく」
 ぱき、とキャップを開け、ペットボトルを煽る。
 こちらが隣に腰を下ろす間に、こくこくと喉を鳴らして三分の一を飲み干し、
「はーっ、うまい! 運動の後の水は最高だなっ」
 ひどく満足そうに口を拭うので、勇利は小さく笑った。
「前より顔色が良くなったな。体重も増えたか」
 さっと全身を見やって感想を述べると、まぁな、とキトゥンは背もたれに寄り掛かった。
「リハビリ始めてからは食欲戻ってきたよ。
 筋肉はまだ全然だけどなー、全部落ちてぷよぷよだ。
 歩けるようになったら、筋トレさせてもらえるかな。体が重くて仕方ない」
「それはいいが、あまり気を急くな。医者が、お前は無茶をしていると言っていたぞ」
「だって早く体力つければ、それだけ早く退院できるだろ。
 もういい加減、食っちゃ寝してるだけの生活にうんざりだよ」
「無理をして、かえって体を壊しては意味がない。
 試合前に過度のトレーニングで腕を痛めたのは、どこのどいつだ」
 過去の失点を指摘すると、子猫はうっと言葉に詰まった。
 反論しようと口を開きかけたが、結局頭をかく。
「……分かったよ、気を付ける。病院で怪我しちゃ世話ないしな」
 渋々頷く。
 そうしろと言った時、ふと涼風が吹き抜けた。それに誘われるように、勇利は空を仰ぐ。
 絵筆でいたような薄い雲が流れていく空は青々と高く、吹き抜ける風が爽やかだ。
 病院という環境のせいか、穏やかな静寂が周囲を包み込んでいる。外界から隔絶され、時間が無くなったような感覚に陥りそうだ。
(ここはいつも落ち着くな)
 日々せわしなく過ごしている故に、こういったのんびりした時間は貴重だ。
 つい目を閉じて深く吐息を漏らすと、
「勇利、疲れてるのか?」
 そっと労わる声が耳に届いた。
 隣へ顔を向ければ、子猫が気遣わしげな表情で、こちらを見守っている。
「そっちこそ、ちょっと痩せたよな。目の下にくま出来かかってるし。ちゃんと寝てるのか?」
「……まるで心配性の親だな」
 樹生に言われた台詞を思い出し、笑いを交えて子猫に投げてやる。茶化すなよ、と彼女の口が尖った。
「テレビでも新聞でも、あんたの顔を見ない日ないからな。
 忙しいのは知ってるから、無理して見舞いに来なくていいよ」
「別に無理はしていない。空いた時間に顔を出してるだけだ、気にするな」
「……なら、いいけどさ。
今度はあんたが倒れたなんてなったら、心配でおちおちリハビリもやってらんなくなる。気を付けてくれよ」
「ふ、お互いにな」
「そう、お互いにだ。何するにも体は資本って言うし。
 ……まぁ、こっちはもう、ボクシングは出来ないけど」
 不意に声のトーンが落ちる。
 咄嗟に顔を向けた。中庭を眺める彼女の表情は落ち着いていて、負の感情は見えない。
「……気持ちの方は、大丈夫か」
 間を置いて、問いかける。入院したばかりの頃、ひどく情緒不安定になった彼女の姿は、まだ記憶に新しい。
「まぁ、そこそこね。
 何しろ考える時間だけは、腐るほどあったから」
 子猫は膝の上に両肘を置き、足の間で指を組む。
「何か、さ。
 時間あまって仕方ないし、今更だけど、何で自分がメガロボクスをやりたかったのかって考えてみたんだ。
 ……生まれた時から親がいなくて、孤児院も飛び出して、でも女一人でやってくには世間ってやつは厳しくてさ。
 それでも何とかしてきたけど、殴られたら殴り返せでやってたら半殺しの目に遭うし、変な奴に絡まれる。女じゃ男に勝てないんだって、悔しかった。
 どうにかして、うまく生きていく方法ないかって、ずっと探してたんだ」
 指先で拳だこをなぞりながら、穏やかに続ける。
「だからメガロボクスを見た時に、自分がやりたい事はこれだと思った。
 力で敵わないなら、ギアつけて殴り返してやればいいと思った。
 もう、誰にも負けたくなかったから、絶対やりたい、やるんだって心に決めたんだ」
 けど、それだけじゃない。そう呟いて、彼女はもう一度背をベンチに預けた。
「初めて試合で勝った時、嬉しかった。本当に、夜も眠れないくらい嬉しくてたまらなかった。
 男に勝てたってだけじゃない。
 自分の力で、居場所を作れたっていうのかな……ここにいていいんだ、って思えたのが嬉しかったんだ。
 なんかこう……上手く言えないけど」
「……ああ。それは分かる」
「え?」
 同意すると、子猫は目を丸くした。そのきょとんとした顔に、つい苦笑する。
「俺も、初めからキングだった訳じゃない。
 一つ勝利を手に入れる度に、自分の価値を証明出来たように思えて、嬉しかったさ」
 マイナスからの出発は、常人に勝る努力と忍耐を必要とする。
 勇利自身がそれを実感してきたから、彼女がどんな思いでメガロボクスに打ち込んだのか、共感できた。
 そして、やっと手に入れた居場所を失う絶望を思うと、胸が痛むような同情を覚える。
(そんなもの、こいつは必要としないだろうが)
 そう思いながら視線を向けると、子猫は大きな目で、まじまじとこちらを見つめている。
 ……いくらなんでも、驚きすぎだろう。
「言ったはずだ。俺は神じゃない。挫折くらい、何度も味わってるからな」
「……うん。そう、なんだよな」
 そこで初めて納得がいったように、彼女は頷いた。
 重たそうに右足を手で持ち上げて一方のももに乗せ、足を組む。
「あの日あんたにそういわれた時は、世界が壊れたくらいのショック受けたけど……勇利だって、人間だもんな。そういう事もあるよな」
「今度こそ、幻滅したか」
 世界が壊れたとは、大仰に過ぎる。
 だが、本気で言っているのだろうなと思いながら問いかければ、彼女は肩をすくめた。
「見方が変わりはした、かな。
 あの時ああいってもらわなかったら、多分ずっと、勇利は神様で、困ったときにすがりつけばどうにかしてくれるって心のどっかで思ってたかも。
 でもあんたに突き放されて、自分で考えなきゃいけないんだって自覚して、それでようやく現実と向き合えた気がする」
 述懐する彼女の横顔は、以前より少し大人びたように思えて、勇利はふっと笑った。
「子猫はようやく大人になったか」
「まだまだ、だけどな。退院した後の事も考えなきゃならないし」
 そこで何か思い出したらしく、あーそうだ、と彼女がうめく。
「会社になんか書類いっぱい出さなきゃいけないんだった。入院のとか、ID二重取得の処理とかで」
 そういえば、その問題もあった。
 元々のIDを持っていたことは会社へすでに報告済みで、失効したと嘘をつくなんてと、ずいぶん絞られたらしい。
「結局、統合するのか」
「そうしないと色々面倒だし、税金二重に請求されるとか言ってたけど……あーやだな。あのID使いたくないのに」
 うへーと口を曲げる彼女が、本当に嫌そうな顔をしているので、ついからかいたくなる。
 勇利はその顔をすっとのぞき込み、
「そう嫌がることもないだろう。良い名前だと思うぞ、シャーロット・ティシキャット・・・・・・ ・・・・・・・?」
 ことさら強調して呼びかける。その途端、彼女はぱっと赤くなって耳をふさいだ。
「わーやめやめ! そんなきらっきらした名前なんて、今更使えるか! 統合してもキャットで通すからな絶対!」
 よほど受け付けないのか、そのまま上体を伏せて呻く。
「くっそう……こんな事ならさっさと捨てれば良かった。馬鹿正直に持ってるんじゃなかった」
「……そうはいっても、お前は捨てたくなかったんじゃないか」
 ベンチの背もたれに肘をつき、足を組みながら勇利は言った。へ、と顔を上げた彼女を横目に見て、
「しがらみを全て捨てて、それでも生来の自分との繋がりを捨てたくなかった。だから、カードを持ち続けていたんじゃないのか」
「……」
「そうでなければ、姓から仮の名前を名乗るようなことはしない。……と、俺は思うがな」
 ティシキャット、という名を知ったとき、勇利はそう感じた。
 彼女自身が猫のような質だからキャットと名乗っているのかと思ったが、生来の名前から取ったのだとすれば、そちらの方が自然に思える。
「…………」
 難しい顔でしばし考え込んだ後、相手はそうかも、と小さく呟いた。顎に拳を当て、
「マジかよ、なんだそれ……それならもっと早く……」
 これまでの苦労でも思い出しているのか、しばらくぶつぶつとぼやいた後、大きなため息を吐き出した。
「そんなの自分じゃ考えもしなかった……。
 あーもう、なんで勇利は、何でもわかるんだ?」
「俺はお前の話を聞いて、思ったことを言っただけだ。当たりかどうかは知らん」
「当たりだよ、当たり。大当たりだ。
 本当は何回も捨てようとしたのに、どうしても踏ん切りつかなくて、自分でも何でか分かってなかった。
 ……あー、意地ばっか張って馬鹿みたいだ」
「気づけたのなら、よかっただろう。やり直すチャンスはいくらでもある」
 このままだと自己嫌悪に陥りかねない。フォローを入れると、彼女は両腕を組んだ。
 それもあるんだよなぁ、と頭を傾ける。
「IDはまぁ統合でいいとして……退院したら何するか、決めなくちゃいけないんだよな。メガロボクスはもう出来ないし」
「ギア開発の手伝いは続けるんだろう」
 試合が出来ずとも、軽量化の被験者としては問題ない。それは続ける、と相手は頷く。
「それで金は貰えるけどさ、それだけっていうのはな。
 色々、会社にも相談に乗ってもらってるけど、まだ決めかねてて……ああ、でも一個だけ、決めてる事はあるんだけどさ」
「決めてる事? 何だ」
 今後について具体的な話が出来るのは、本格的に回復してきた証拠だ。
 少なからずほっとして、何気なく聞き返した勇利は――直後、後悔する。
 彼女は足の上に行儀悪く頬杖をつき、にっと笑いかけてくる。
「短い間でもメガロボクスがやれて、嬉しかった。
 だからこれからも、それに関わる事したいんだよな。
 もっと正確に言うと、あんたに関わる事、かな」
「……俺に?」
 何を言い出すのかと思いきや、ああ、と彼女はさらに破顔した。
「だって、ずっと憧れてたキングとこんな風に話せるようになって、同じチームなんて特等席で見てこられたんだ。
 こっちは最初からずっと助けてもらってばかりだし、恩返しの一つもしなきゃ、罰が当たるってもんだろ?」
 だから、と身を乗り出し、キラキラした目でこちらを見上げてくる。
「今度は自分が勇利を支えるような事が出来ればって思ってる。あんたの役に立てるような、何かをさ」
 ――こいつは一体、何を言ってるんだ。
 飲みこんだ息が喉に詰まるような錯覚を覚え、勇利はわずかに身を引いた。
 握りしめた掌が熱い。胸の鼓動が速くなり始めているのを感じながら、辛うじて答える。
「……恩返しなど考えなくていい。俺を特別視するのは、やめたんじゃなかったのか」
「神様だって思うのはやめたよ。でもさ」
 こちらの様子に気づきもせず、彼女は何の屈託もない、とびきりの笑顔になって、
「あんたはやっぱり自分にとって、特別な存在なんだ。
 きっとこの先一生、他の誰にも代わりようがないくらい特別だから、そばで力になりたい……なんて、駄目かな、勇利」
 そんな事を言い放った。
 瞬間、詰まった息を吐き出すと同時に、考える間もなく言葉が零れ落ちる。

「好きだ」
「…………………………………………ん?」