引き戸を開ける。そこに並ぶ服に、いつも少し面食らう。
昔は、服に頓着していなかった。
頑丈で、雨風にへたれず、バイクに乗る時邪魔にならないようなもの。そのくらいの条件で、買いたたかれているものを適当に見繕うくらいで、着替えもあまり持っていなかった。
それがこの二年で、少し増えた。
育ち盛りの子どもらの服を買うついでにお前も、と南部に勧められる事何度か。それほど多く買ったつもりもないのに、いつの間にかこんなに増えていたのか、と思う。
一つ一つ、触れる。どれをとっても、手にした時の情景が頭に浮かぶ。目の見えない南部はこうして撫でて、服の具合を確かめていたっけ。
そう思った時、指先がそれに当たった。
「…………」
一瞬顔をゆがめ、ひっこめそうになる。
少しの間迷い、それでもため息とともに手を伸ばし、ハンガーごと引き抜いた。
林立する服の中から出したのは、真っ黒なスーツの上下。喪服だ。
『おめぇもいい大人なんだ。スーツの一着くらい持ってろ。こいつがあれば冠婚葬祭、何でも使えるからな』
そう言って笑った男は、もういない。試着して落ち着かない肩に置かれた手も、今は動かなくなってしまった。
「……っ」
こみ上げたのは悲しさか、悔しさか、後悔か、あるいは申し訳なさ。
黒の重みに耐えかねて腕を下ろし、声を殺して泣いた。
自分に泣く資格などないと分かっていても、堪える事など、とても、出来なかった。