日課になった墓参りで、今日は珍しい先客を見つけた。
「タクボン」
「!」
折り畳みの椅子を持って共同墓地に出向いたら、そこにいたのはタクボン――もう縁を切ったはずの、地元の少年だった。
驚いて声をかければ、びくっと肩を震わせて硬直した後、気まずい顔でこっちをゆっくり見返す。
「タクボン。……何してんだ?」
「……別に。何にもしてねぇよ」
問いかけたところで返ってきたのはそっけない返事。だが、彼がいる場所を見て、ミオは少し表情を和らげた。
身じろぎもしないその傍に歩み寄って、椅子を広げて座る……チーフとその家族の墓を目の前に。
「墓参り、来てくれたのか」
「…………そんなんじゃねぇ」
「じゃあ何しにきたんだよ。こんなところ、食い物も金もねぇだろ」
「うるせぇ。どこで何しようが、こっちの勝手だろ」
「あっそ。わかった、好きにしろよ」
とげとげしい口調も、今は簡単に受け流せる。
ふっと笑ったミオは上着のポケットから、ナイフと丸みを帯びた木の塊を取り出した。鞘を払って、削り始める。
時折急に寒くなって雪が降れど、ここは基本的に暖かい。
墓地は遮るものもないから、太陽が惜しげもなく陽光を降り注ぐ。
近くに生い茂る木々には鳥が集まり、平和な鳴き声をぴいぴいとあげている。
その声と、頬を撫でる柔らかな風を感じながら、ミオは黙然と木を削る。
元より手先は器用だが、最近始めたこれは慣れていないから、まだ不格好だ。ちらり、と墓の方へ目をやった時、
「……それ、何彫ってんだ」
立ち尽くしていたタクボンが口を開いた。黙り込んでいる内に立ち去るかと思ったが、そうはしないらしい。
ミオは手元に視線を戻し、
「ハチドリ」
短く答える。
「何でそんなのやってんだ?」
「チーフがよく作ってたんだ。俺が代わりに引き継ごうと思ってさ」
「そんなの、何の役にも立たねぇじゃねぇか」
「……だな。俺も、そう思う」
でも、と木くずを払う。くちばしの細いところが難しい。少し力を入れたら、すぐ折れてしまう。
「チーフが言ってたんだ。ハチドリは故郷を思う証で、自分を見失った時、帰る場所がある事を思い出させてくれるって」
「……」
「俺が見失ってたものを、チーフが教えてくれた。あの人が遺してくれたものを、俺も伝えていきたい。たぶん、チーフみたいには出来ないけど」
「……バカみてぇ」
そうだな、と顔を上げる。タクボンは目をそらした。視線を合わせられないその気持ちが分かる気がして、ミオはまた苦笑した。
「タクボン。……あいつらと付き合うの、もうやめとけよ」
短く息を飲む音。ばっと顔を向けた相手をまっすぐ見つめ返して、繰り返す。
「今ならまだ間に合う。あいつら、お前らのこと利用してるだけだ」
ぎり、とタクボンの顎に力が入る。帽子のつばを引き下ろして、
「……そんな簡単な事じゃねぇって、わかんねーだろ。お前にはよ」
吐き捨てるように言う。そうかもしれない。けど、
「俺はガキだけど、やべーのは分かる。お前もそうだろ、タクボン。このままじゃ本当に、抜け出せなくなるぞ」
「……」
「やめたいから、ここに……チーフのところに、来たんだろ。チーフに謝りたかったんじゃないのか」
「……るっせぇ!! 移民が知ったふうな口きくんじゃねぇ!!」
突然、怒声がほとばしる。目に怒りをためて、タクボンはきっと睨みつけてきた。そしてこちらが口を開くより早く身をひるがえし、走って出口へ向かう。
ミオは椅子を蹴って立ち上がり、
「また来いよ、タクボン! いつでも待ってるから!」
せめて逃げる背中に声をかけた。
少年は振り返らない。あっという間に姿を消し、バイクのエンジン音を響かせていってしまった。
「…………」
音が聞こえなくなるまで立ち尽くした後、ミオは椅子を元に戻して座った。
再び、慣れない手つきを木を削りながら、墓を見やる。
飾られているのは大きなハチドリのボードと、いくつも並ぶ木彫りの像。
「……また、きっと来るさ」
そうしたらチーフはきっと笑って、タクボンを出迎えてくれるだろう。自分にもそうしてくれたように。――あの人はそういう人だった。
「……っ」
不意に視界がにじんだので、慌てて目をこすった。そしてまた、作業に意識を集中する。
これが出来上がる頃には、友達が横にいてくれるかもしれない。そんな淡い祈りを込めて、ミオはハチドリを彫り続けるのだった。