「……そういえばCAT6とやりあった時、気になったことがあるの。ギャレス」
「何ですか、シェパード。プライベートにまで仕事を持ち込むのは感心しないですね」
シタデルの豪華なアパートメントで開かれたパーティーは、派手な音楽と、尽きることを知らないかのように支給される酒で節度を失っていった。
笑いと騒々しいダンスで頂点に達した後は、気の合う相手と三々五々に分かれ、あるいは酔いつぶれて安全で幸福な眠りに落ちるもの多数。
ギャレスもそのうちの一人であり、心地よい酔いをさらに向上させようと酒瓶の蓋をはじき開ける。
他の面子と違うのは、もっとも栄誉ある艦長の寝室に招かれ、腕の中に希代の英雄を閉じ込めていることだ。なんという幸福か、酒がさらにうまい。
そう感じているのは相手も同じ(そうであってほしい)のようで、ギャレスの胸に背中を預けたシェパードはくつろいだ様子で語る。
「あの連中、私たちがまさか総動員で来ると思ってなかったのね。レックスやジャヴィックに驚いてた」
「クローガンやプロセアンとやりあうには経験が足りなかったようで」
「ええ、そうね。そのあとこうも言ってたわ。『向こうのトゥーリアンはアークエンジェルだ。どうやって倒せばいい?』」
そういえば。煽り返した覚えはあるが、そのあとはすっかり忘れていた。
それがどうしたんですか、と柔らかく髪を撫でたら、シェパードは肩越しにこちらを見上げ、
「誰も顔を知らなかったアークエンジェルは、オメガで傭兵団と派手にやりあって死んだ。それが世間一般の認識だと思ってたんだけど。
なのに、あの傭兵はあなたを見ただけでアークエンジェルと断言した、それはどうして?」
「あー……」
それか。なるほど、疑問に思ってしかるべきだ。できれば気づかないでほしかったな。一瞬天井を仰いだが、ごまかせるか試してみる。
「どこかで情報が漏れたのかもしれない。オメガの傭兵は大方始末しましたが、全員とはいかなかったはずだ。私も重傷でそれどころではなかった」
「そうかもしれない、撃ち漏らしがなかったとは私も思わないわね。それにしても、人間が一目見てトゥーリアンを見分けられる?」
「あなたはどんな相手でも見分けてるでしょう」
「仲間や、言葉を交わした相手ならね。あなた、CAT6と仲良くしたことあるの?」
「まさか。あんな落伍者と酒を酌み交わす趣味はない」
「それならなおさら、アークエンジェルの面が割れてるのはどうしてかしらね、ギャレス。あなたはその理由知ってるんじゃない?」
「えー……」
一度疑問に思ったら、少佐はしつこい。どういったものかと言葉に詰まったら、ニヤッと笑ったシェパードが腕を掲げた。止める間もなくオムニツールを起動し、たたたっとキーボードの上を指が走り……
検索ワード:アークエンジェル オメガ 検索結果:1134件
『ギャレス・ヴァカリアン 別名アークエンジェル』『アークエンジェルに突撃インタビュー』『元はC-Secのはみ出し者、アークエンジェル』『アークエンジェルとは何者か』『オメガを救った? 滅ぼした? 地獄に舞い降りた大天使』
「……アー、ハァン?」
「あー……はい」
ばれてしまった。居心地が悪くて座りなおすこちらをよそに、検索は続けられる。
「なるほど。バーで“初対面”の相手に堂々と正義のアークエンジェルって名乗るから、おかしいと思ったら。あなた顔出ししてるわけね」
「いや、それは……」
「誰かが勝手に呼んでるだけなので、私にはギャレスと呼んでくれと言ってたのに?」
「まぁ、その」
「思えば立てこもってた扉のロックキーもアークエンジェルだった。あなた自分であれ設定してたんだから、結構気に入ってたわけね」
「わかりました、降参します。確かに、自分でも名乗ってました」
ダメだ、この人に口で勝てるわけがない。
白旗をあげたら、シェパードはようやく検索画面を消してくれた。それで? と言いたげな視線を向けられたので、観念して告白する。
「自分でいい始めたわけじゃない。そもそもアークエンジェルとは何かも知りませんでした。
呼ばれ始めたころに調べてみたら、神の意志を体現し、地獄の戦いに赴く兵士とあったので」
「オメガと自分の状況に即してると気に入ったわけね」
「ええ……はい。最初は面映ゆく、また荷が重くも感じましたが、奮い立たせてもらった面もあります」
寒さを覚えたわけでもないが、ぬくもりが恋しくなって、シェパードをぎゅっと抱きしめた。
あの頃には考えもしなかったこの距離が、今はとても愛しい。
「オメガは弱者を食い物にするひどいところだった。
そこから逃げ出せばいいというのは簡単だが、あの地でしか暮らせない者たちもいる。そもそも、悪いのは犯罪者なのに、なぜ善良な市民が逃げなければならないのか、その理不尽が許せなかった」
「ええ。わかるわ」
腕を撫でる手の動きが優しくて嬉しい。驚くほど繊細な動きをする人間の五本指に、三本の指で絡みながら続ける。
「それを覆すために犯罪者どもに立ち向かった。すべてを救うことはできなかったが、それでも生き延びた者たちがいた。
それ自体が私の救いであったし、彼らが私に希望をよせて、悪と戦う天使を重ね合わせることは、私の誇りにもなったのです……間違っていないのだと。
私の選んだ道は、間違っていないと、思い込めた」
「……間違ってなんかいないわよ、ギャレス。
あなたはいつも、自分の思いにまっすぐだった。結果がどうあれ、あなたが自分でそれを選び貫いたことに、意味があるの」
ああ、と肩に顔をうずめる。
もう何十年も前のように思える。
今と同じことを、この人は言っていた。サレオンを捕まえるためならどんな手段も犠牲もいとわないと言い切る彼に、正義の裁きとは何かを教えてくれたのだ。
若く視野の狭いトゥーリアンにとって、あれがどれだけの衝撃だったか。この人には伝えきれない。
「……ありがとうございます、シェパード。アークエンジェルとして、あなたのような神を称えられることを幸せに思います」
真摯な思いを伝えたら、腕の中で彼女が噴き出した。やめてちょうだい、と体をひねって目をのぞき込む。
「私はただの兵士よ。神様になんてなったら、こうしてお酒を飲んで、トゥーリアンと自堕落に過ごすなんてできなくなりそう」
「ふむ、それは困る。では、ただの人間とトゥーリアンで、相互理解を深めましょう……朝までじっくり、お互いのすみずみまで、知らないところもないほどにね」
唯一女性から褒められる声で甘く囁きかければ、とろけるように柔らかい感触の唇が重ねられる。
それを堪能しながら、しみじみ思う。
ああ、天使なんてあいまいな存在でなくてよかった。この甘美なひとときは、生身でなければ決して味わえないだろうから。