彼は残響を覚えている

 彼が生きていた時代、シタデルは伝説の地だった。
 戦火のさなかに生を得た彼にとって、いや全ての人々にとって、シタデルは憧憬の場所であり、美しく、先進的で、文化の始まりの地だった……“だった”。
 その地は、とうの昔に敵地だ。
 故に誰もその地を目にしたものはいなかった。特攻任務を負ったものなら、死にゆくとき四つの目でその光景を焼き付け、記憶を残そうとしたかもしれないが……無為なことだ。そのエコーシャードを手に入れたものもいなかっただろうから。
 だが、五万年の時を経て、彼はシタデルに立っている。
 初めて訪れた時、言葉に言い尽くせないほどの興奮と、混乱と、落胆と、様々な思いを抱いた。
 その地は美しく、夢に描いたような理想郷――ではない、このサイクルのものたちは弱者が寄り集まって権力を分け合ってるなどという愚策を犯している。
 惰弱を許さない帝国にはあり得ぬ所業。だがそれゆえに帝国は滅び、今サイクルはたびたび致命的な打撃を受けながら、しぶとく生き抜いている。
『私たちは力を合わせてリーパーに立ち向かう。ノルマンディーも、クルーシブルもその象徴なのよ、ジャヴィック』
 手を握りしめると、女の記憶がよみがえる。
 あの時語らったのと同じ場所に立ち、彼はそらを見上げた。あの時と同じ窓、だがそこから見える景色は戦場の跡地に他ならなかった。
「ジャヴィック。ここにいたんですね」
 現実の声が意識を引き戻す。肩越しに視線をやると、アサリ――リアラだ。いつものように涼やかな笑みを浮かべた彼女は、静かに歩み寄ってくる。
「何か用か」
「いいえ、一言あいさつを。復興の手伝いが少し落ち着いたので、一時シタデルを出ます。他の星系の様子を、この目で見てみたくて」
「お前がわざわざ出向かずとも、手足となるエージェントがせっせと情報を運んでくるだろう」
「現地調査は千の情報に勝るものです。それに、シェパードのなしたことがどんな結果となり、どのような変化を私たちの未来に及ぼすか、じっくり考えたいのです」
「……そうか」
 横に並んだアサリを見る。その肌は青い、だがその頬には血管のように緑色の帯が走っている――その目もまた、鮮やかなエメラルドグリーンに。
 窓の外を見上げる。
 リーパーによって支配されたシタデルは、クルーシブルの発動も重なって、以前見た美しさなど見る影もなく破壊され、死者の棺桶のようなありさまだった。
 普通ならば、終戦後の復興を諦めて放棄するしかないほどに被害甚大で手の付けようがないと、戦闘終了後の調査に乗り込んだ部隊は言葉をなくしたという。
 だがいま、シタデルは急速に復興している。ほかでもない、リーパー自身が建設に尽力しているからだ。
(おぞましい)
 それがもはや敵ではないと頭ではわかっていても、天を衝くほどに巨大な水生生物のような姿を目にするたび、強烈な怒りがこみ上げる。そして同時に無力感を覚える。
「私もこの場を離れるべきかもしれない……私の敵は、いなくなってしまった。復讐だけが私のすべてだったというのに」
「ジャヴィック」
「すべてのリーパーどもに復讐を。わが帝国は滅び、五万年の時を超えて、リベンジの好機を得た。それなのに、少佐は何をしてくれた? 機械生命と有機体の同一化だと?」
 怒り。血を燃やすその感情は、今もくすぶっている。銃口を向ける先を失って、うろたえている。故に感情の高ぶりとともに声が震える。
「そんなものを誰が望んだ? なぜ、一個の原始生命に、全生命のありようを変える選択が許された? 私は望んでいなかった……こんな結末は、望んでいなかったぞ、シェパード!」
 拳を窓にたたきつけると、鈍い音がしてひび割れた。痛みとともに、その窓に刻まれた痕跡が手を通じて伝わってくるのを感じて、吐き気を覚える。やめろ、あの時の記憶は、もう、
「……あなたは、シェパードを愛していたのですね。ジャヴィック」
 穏やかな声に耳を疑った。やけどをしたように窓から離れて体ごと振り返ると、相手は柔和で悲し気なほほえみをこちらへ向けている。何を馬鹿な、呆けたのかこのアサリは。
「愛? お前は何の話をしている。私は少佐の利己的な選択に憤慨している」
「それもあるでしょう。でもあなたは、シェパードを失ったことも悲しんでいます」
 馬鹿な! 吐き捨てるように叫んでかみついた。
「戦争において死は避けえぬものだ。自らの本懐を遂げて死を迎えたのであれば、名誉の戦死だ。私がもし少佐なら、リーパー殲滅を選んだだろうが、そのために自らの命を捧げよというのなら喜んでそうする。その死は讃えられるべきで、嘆き悲しむのは弱者の所業だ」
「でもあなたはさっき、シェパードと名を呼んでいました。前はずっと少佐と言っていたのに」
「な、」
「あなた方は共通点が多い。絶望的な戦況に一人追い込まれ、多くの仲間を失いながら生き延びてきた。
 時に非情な決断をよしとし、その背に多くの希望を担いながら、圧倒的な力を持つ敵に歯向かい続けた……。
 シェパードがどれほど光り輝き、出会う人々の心をつかんできたか、私は知っています。
 似ているから、近しいから好ましいと感じるのは自然です。彼女へ思慕を抱いていたのは恥ずべき事ではなく、また喪失の悲しみも当然のことですよ、ジャヴィック」
「違う、違う違う違う! お前は気が狂っている!
 私が? プロセアンのただ一人の生き残りであるこの私が、原始種族に思慕を抱くなど、天地がひっくり返ってもありえん!」
 そうですか、と女が笑った。
 今度は憂いのない、おかしげな顔だったので、なおさら嫌な予感がしたが、
「シタデルの船外休暇の時、二人で山ほど酒瓶を抱えて部屋に消えていったと思うのですが。
 あの時何もなかったにしては、しばらくノルマンディーでぎこちない空気を感じました」
「やめろ!! あれは酒のせいだ!! 私が望んだことではない!!!!」
 絶叫して思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。全身の血が、先ほどとは全く違う意味を持って熱を放つ。
 確かにあの時、酔った勢いで床を共にしてしまったし、体に刻まれた記憶は容赦なく彼女の匂いをよみがえらせて気まずいどころではなかった……。
 しかもあろうことか、私が、誇り高き帝国の一員であるプロセアンの私が、甘美なひとときとして原始種族との交配を堪能してしまったなどと、認めたくない!!
「例え勢いだとしても、シェパードはあなたに心を許していたからそうなったのだと思いますよ。
 どうやら一夜の関係で終わらせたかったようですが」
 面白がっているのか、同じく腰を下ろした女がいう。美しくも憎らしいその顔を、羞恥と恨めしい気持ちで睨み上げ、
「シャドウブローカー……貴様、そうやって乗務員の弱みを握っているのか」
「私が知りうることは色々とありますが、仲間を強請ゆするつもりはありません」
 しれっという。嘘を付け。今まさに強請られている。
 じっとり四つの目を半眼にすると、アサリは立ち上がった。窓の外で、資材をけん引するスカイカーが飛びすぎていくのを見送りながら、
「シェパードを失って悲しんでいるのは、あなただけではありません。苦しみを一人で抱えて見ないふりをする必要はない、ということですよ」
「……リアラ」
 その声はひび割れて聞こえる。発する悲しみの香りに、フェロモンが混じる。それに引きずられるように、つい名を口にしてしまった。
(ああ、そうだった)
 このアサリはあの人間を愛していたのだ。関係自体はなかったようだが、それでもひたむきに、愛し続けていたのだ――シェパード少佐という、一個の存在を。
「カタリストの残したデータで彼女の選択がどのようになされ、どのような結果を出したのかわかっています。
 あの人は私たちの中に生きている。私たちのすべての中に生きている。
 私はいつも、どんな時でもそれを感じます。あの人の残してくれたすべてに報いるために、私は立ち止まってはいられないのです」
 リアラが振り返る。鮮やかな翠の瞳でこちらを見据え、微笑む。
「あなたはどうしたいですか。シェパード少佐が生きるこの世界で、ジャヴィックという男は、何をしたいですか」
「…………」
 腰を上げ、外を見やる。ひび割れて歪んで見える世界。それは機械と有機の融合という奇妙な世界そのもののようで、違和感と拒否感をぬぐえない。
 だが、時間がかかろうとも、現状は受け入れるほかない。
 仲間を最後の一人まで殺し、リーパーにすべてを奪われた絶望と怒りを抱えたステーシスポッドで五万年の時を超え、変わり果てた銀河の姿に失望しながら、このサイクルの者たちとともに戦ったように。
「……生きていくしかあるまい。私にはそれしかできない」
 満足のいく答えではなかっただろうに、リアラは肯定するようにうなずいた。
 そしてかつて少佐が立っていた場所で、同じ宙を見上げる。
 いまだ惨禍の傷跡が癒えきらぬ街に泳ぐかつての敵を目にしながら、ジャヴィックは拳を握りしめた。

 この世界でただ一人、プロセアンの滅亡を身に刻み、酩酊の中であなたの心が流れ込んでくると囁いたあの女を失った。
 その耐えがたいほどの喪失感を抱えながら、あの女から与えられた新たな命を、未来を生きていく。
 そう言い聞かせながら、乗り越えていくしかないだろう――時には彼女の記憶を思い起こす惰弱を、自らに許しながら。

He still feels the echo.

When he was alive, the Citadel was a legendary place. In the midst of the war, for him, indeed for all people, the Citadel was a place of longing, beautiful, advanced, the cradle of culture… or so it “was”.
That place was enemy territory already. No one had seen it. Perhaps those on suicide missions tried to imprint the sight with their dying breaths, to leave a memory… but it was futile. No one obtained that echo shard.
But now, after fifty thousand years, he stands on the Citadel.
When he first arrived, he felt an indescribable mix of excitement, confusion, disappointment, and various emotions.
That place was beautiful, not the utopia he dreamt of—rather, in this cycle, it’s a place where the weak gather to share power, a foolish plan.
‘We fight the Reapers together. Normandy and the Crucible are symbols of that, Javik.’
As he tightened his grip, memories of the woman flooded back. Standing in the same place where they had conversed, he looked up at the sky. Same window as before, but the view was now battlefield remnant.
“Javik. You’re here.”
Reality’s voice snapped him back. Over his shoulder, an asari—Liara. Sporting her usual serene smile, she approached quietly.
“Do you need something?”
“No, just a greeting. With the recovery efforts settling down a bit, I’ll be leaving the Citadel for a while. I want to see the conditions of other star systems with my own eyes.”
“Even if you didn’t personally go, there are agents gathering information diligently for you.”
“Local investigations are superior to a thousand reports. Besides, I want to consider carefully what Shepard’s actions have brought about, what changes they’ve brought to our future.”
“… I see.”
He looked at the asari beside him. Her skin was blue, but green veins ran like blood vessels on her cheeks—her eyes, a vibrant emerald green.
He looked out the window.
The Citadel, attack of Reapers and activated of the Crucible, was destroyed beyond recognition, resembling nothing of its former beauty, instead resembling a graveyard.
Normally, after the war, the devastation would be so severe and intractable that it would seem necessary to abandon any attempts at reconstruction.
But now, the Citadel was being rapidly rebuilt. By none other than the Reapers themselves.
(Grotesque.)
He knew they weren’t the enemy anymore, but every time he saw the sky-piercing, gigantic aquatic creature-like form, intense anger surged within him. And at the same time, he felt powerless.
“I might also leave this place… my enemies are gone. Revenge was all I had lived for.”
“Javik.”
“Revenge against all Reapers. Our empire fell, but after fifty thousand years, we’ve finally got the chance for revenge. Yet, what did the Commander do? Unification of organic and synthetic life?”
Anger. The burning sensation of blood. Even now, it smolders. Aimlessly pointing the gun, trembling with emotion.
“Who wanted such a thing? Why was a single primitive life allowed to change the destiny of all life forms? I didn’t want this… I didn’t want this outcome, Shepard!”
As he pounded the fist on the window, it cracked with a dull sound. Along with the pain, he felt the mark engraved on the window through his hand, causing nausea. Stop it, those memories from that time, are…
“…Javik, you loved Shepard, didn’t you?”
He doubted his ears at the calm voice. Turning away from the window as if burned, he found Liara there, with a gentle, sorrowful smile directed at him.
What nonsense, what foolishness is this, asari?
“Love? What are you talking about? I’m outraged by the Commander’s selfish choices.”
“That may be true. But you’re also grieving Shepard’s loss.”
Nonsense! He shouted, barely able to contain his rage.
“Death is inevitable in war. If you achieve your goal and die, it’s an honorable death in battle.
If I were the Commander, gladly sacrificing my own life for destroy of Reapers. That death should be praised, and mourning it is the work of the weak.”
“But you called Shepard by name just now. You used to call her Commander all the time.”
“That’s…”
“You two have a lot in common. Both were driven to the brink in a desperate war, surviving while losing many comrades.
Sometimes making cruel decisions, carrying the hope of many on their backs, they faced overwhelming enemies…
I know how brightly Shepard shone and captured the hearts of those she met.
It’s natural to feel affection for someone similar. It’s not shameful to have felt affection for her, nor is it unnatural to grieve her loss, Javik.”
“No, no, no, no! You’re insane! Am I? As the sole survivor of the Protheans, I, who bears the extinction of my race, find it impossible to feel affection for a primitive species!”
“I see,” the woman chuckled.
This time, her expression was carefree, looks fun, but it gave him an even more ominous feeling. So she said,
“At Citadel’s shore leave, you two disappeared into her room with a mountain of bottles. I felt a tense atmosphere on the Normandy for a while afterward.”
“Stop it! That was the alcohol’s doing! It’s not something I wanted!”
He screamed out and involuntarily crouched down with his head in hands. The blood in his body radiated heat with a completely different meaning than before.
It was true that we had drunkenly shared the floor that time, and the memories etched into his body were beyond awkward, relentlessly bringing back her scent…….
Moreover, I don’t want to admit that I, a Prothean, a proud member of the empire, had enjoyed interbreeding with a primitive race as a moment of sweetness!
“Even if it was just the momentum, Shepard trusted you, which led to that. After that She seemed to have wanted it to end as a one-night stand, though.”
Is she enjoying this? The woman, sitting beside him now, said. He glared up at her beautiful but hateful face, feeling a mix of shame and resentment.
“Shadow Broker… are you always blackmailing the crew?”
“I know many informations, but I don’t intend to extort my comrades.”
She said it casually. Lies. He was being blackmailed right now.
He glares resentfully her with all four eyes narrowed. The asari stood up,and Watching the Sky Car fly past outside the window, she said,
“You’re not the only one grieving Shepard’s loss. You don’t have to pretend to bear the suffering alone.”
“……Liara.”
Her voice cracked. The scent of her sadness mixed with pheromones. Dragged along by it, he uttered the name.
(That’s right. This asari loved that human.)
There was no actual relationship, but she had continued to love—Commander Shepard, a only one human.
“We know how her choices were made and what the consequences were from the data left behind by Catalyst.
Commander Shepard lives in us. She lives in all of us. I always feel it, in every moment. I cannot stand still to repay her for all she has left us.”
Liara looks at him with her bright green eyes and smiles.
“What do you want, Javik, in this world where Shepard lives?”
“…”
Standing up, he looked outside. Through the window A world cracked and distorted.
It seemed like the very world of the strange fusion of machine and organic, a world he couldn’t accept without discomfort and rejection.
But, no matter how long it took, he had no choice but to accept the current situation.
Surviving the war, losing all his comrades, enduring despair and anger, and living through fifty thousand years in stasis with a changed galaxy, fighting alongside the people of this cycle.
“…There’s nothing else to do but live. That’s all I can do.”
Though it might not have been a satisfactory answer, Liara nodded affirmatively.
And in the place where the Commander had once stood, they both looked up at the same sky.
Javik clenched his fists as he looked at his former enemy swimming in the city that still has not healed from the scars of the disaster.
He had lost the only fellow in the world.
She, Commander Shepard, who had carried the vision of Prothean in body, whispered to him in her intoxication that ‘your heart is flowing into me’.
With that unbearable sense of loss, He will live the future, the new life given to him by that woman.
He will have to get over it, telling himself that – sometimes allowing myself the feeble of recalling her memory.