きもちわるいおとこ(スティーブン→K・K)
K・Kは今、非常に機嫌が悪い。
ネアカで頼れる姉御といったオープンな性格のため、機嫌のいい時も悪い時も、その感情は全てダダ漏れになる。
そして、眉間に深くしわを刻んでぎりぎりと歯を食いしばっているような状態のK・Kに近づく命知らずはいない。
「……ずいぶんご機嫌ななめだな、K・K。何か気に食わないことでもあったかい?」
いないはずなのだが、そんな彼女に対してスティーブンは、正反対に上機嫌な顔でしらじらしく問いかけてきた。
ぎち、とK・Kのしわが増え、手にしたスタバのマグカップにぴしりとひびが入った。
「のうのうとよくそんな事が言えたもんね、この腹黒男。一体どういうつもりで、人のプライベートに浸食してきてるわけ?
仕事以外であんたの顔拝みたくないんだから、とっとと他所へいきなさいよ」
久しぶりに取れた休日、まずはスタバで一服してからウィンドウショッピングをして、美味しいランチを食べて。
楽しい一日のスケジュールを考えながら、カプチーノに舌鼓を打っていたというのに、なにが悲しくて、大嫌いなこの男と顔をつき合わせなければならないのか。
しかも何が腹立つといって、この男はまるで待ち合わせをしていたかのように、店に入って注文してカップを受け取って、ごく自然にK・Kのテーブルの向かいに腰を下ろしたのだ。
そこはあんたの席じゃない、と文句を言ったのだが、顔に傷のある男はへらりと笑って、
「ちょっとだけ場所を貸してくれよ、K・K。
約束してる相手がまだ来てないんだが、一人で待つのも味気なくてね」
などと言い返してきた。K・Kは目を眇めたまま、身を引いた。
周囲の穏やかなざわめきを引き裂く大声を出さないよう、意識してトーンを抑えて唸る。
「あんたの事情なんて知ったこっちゃないわよ。
待ち合わせなら、そこらの通りで立ちんぼしてればいいじゃない。
何でよりによって、私が束の間の休日を楽しんでるところに来て、その胡散臭い笑顔を振りまくのよ、不快指数が上昇する一方なんだけど」
「顔見知りを見かけてちょっと声をかけてるだけだよ、そうとんがらなくてもいいだろう?」
薫り高いエスプレッソを優雅な所作で飲みながら、スティーブンは肩をすくませた。
「次の任務では君と僕でコンビを組むことになるんだ。
僕のなにが気に入らないのか知らないが、そう邪険な態度を取るのは控えてもらえないか? クラウスも心配しているよ」
「……クラっちに面倒かけるつもりはないわ」
切り札のカードを突きつけてくるスティーブンに、K・Kは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
ライブラのリーダーであり、K・Kが絶大な信頼を寄せているクラウス・V・ラインヘルツは、この傷跡男の相棒であり、親友でもある。
そのクラウスが、K・Kとスティーブンの仲たがいを懸念しているというのであれば、矛を収めざるを得ない。
ぷいっと顔を背けて、K・Kはコップに口をつけた。
「仕事でへまはしないわよ。何考えてるのか仲間にも全っ然打ち明けようとしない、腹の底ド真っ黒な男とツーマンセル組まなきゃいけないにしても」
「僕はそこまで隠し事だらけじゃないんだけどな、K・K。信用してくれよ」
「ハリウッド映画の安売りな台詞を言うんじゃないわよ、聞き飽きたわ」
ぎろりと睨み付けると、「取り付く島がないね」とスティーブンは苦笑いをした。そして急に顔を巡らせ、立ち上がる。
「ああ、僕の待ち人が来たみたいだ。それじゃまた、K・K。良い休日をね」
「あんたのせいでとっくに台無しよ。さっさと消えて」
いーっと歯をむいて、立ち去るスティーブンを追い払うK・K。
店を出た伊達男の姿が群衆に紛れ、すらりと高い姿が見えなくなった頃。ようやく落ち着いてコーヒーを味わえると椅子に座りなおしたところ、
「……おっ、K・Kじゃないか。今日は休みだろ」
入れ替わりのように、ベーグルサンドと甘そうなキャラメルラテをトレイに乗せた男性が声をかけてきた。彼もまた、ライブラのメンバーの一員で、K・Kとは顔見知りである。
「あら、お疲れ。そっちは今帰りってところかしら」
スティーブンに対する時とはまるで違う笑顔で答えるK・K。相手もまた笑みを返し、
「ああ、三日続けて出てたからな、これを食ったら家で爆睡だ。……そういやさっきスティーブンを見かけたが、あんた一緒にいたんじゃないのか?」
そんな事を聞いてきたので、K・Kはまた険相になってしまった。
「あいつが勝手に寄ってきて、べらべらくっちゃべってきたのよ。ようやく追い返したけど、せっかくの優雅な朝が台無し」
むすっとして言うと、彼は訝しげに眉を上げた。あれ、と頭をかく。
「なんだ、そこのストリートを一緒に歩いてたの、あんたじゃなかったのか。珍しく二人で行動してんだなと思ったんだが」
「はぁ? なにそれ、私はずっとここに居たわよ。大体何が悲しくて、休みまであの男と一緒にいなきゃいけないの」
意味が分からないと眉を上げるK・K。
「いや、だってなぁ……背高くて痩せた、黒コートの金髪女と歩いてたから、てっきりな。
ま、近くで見たわけじゃないから、他人の空似か。
……というかよく考えたら、あんたがスティーブンと腕組んでイチャイチャするわけないわな」
勘違いしてすまん、と言って、男はあくびをしながら空いてる席へと移動していく。それを見送ったK・Kは、
「…………」
スティーブンが連れている、パッと見自分に似ているらしい女の情報に眉をひそめ、ついで得体のしれない寒気を感じて、ぶるっと体を震わせた。
(まさかあいつが私にちょっかい出してくるのって、彼女に似てるからとかじゃないでしょうね……あー気持ち悪いったら!)
何かの拍子に彼女と間違われないように気を付けようと心に刻み込み、K・Kは頭の中から腹黒男のイメージを全て叩き出し、再び今日の予定を組み立てる楽しい作業へと意識を向けた。
その脳裏には決して――『スティーブンがあえて、K・Kに似ている女性を選んだのかもしれない』という仮説がよぎることはないのだった。
スティーブンがK・Kにストーカー的な執着持ってたら怖いな。という話。