美しい夢の話3(Fate/GrandOrder ロマニ×女主)

 困った。本当に困った。どうしてこんな事になったのか。打開策はないものか。自分であれこれ考えていても、一向に解決の糸口がつかめない。  そんなものだから仕方なく、個人情報については口が堅い同僚にこっそり相談を持ち掛けてみたわけだが―― 「可愛らしい年下の女の子と二人きりになった時、頻繁にハグを求められて困ってる? え、何? これって惚気話? リア充爆発しろっていうべきなのかな? ラッキースケベイベントおめでとうと言うべき?」 「リア充じゃないから、まじめに聞いてくれよレオナルド……」  やっぱり相談相手を間違えた気がする。モナリザのかがやかんばかりの笑顔で罵られ、ボクは脱力してしまった。こっちは真剣に困っているんだと訴えているのに。  ……そりゃあ、ボクがダ・ヴィンチちゃんの立場で状況だけ聞けば、同じように思っただろうけど。  だってねぇ、とマグカップのコーヒーを飲みながら、ダ・ヴィンチは言う。 「そんな面白おかしい事になってるなんて、想像もしなかったからね。  確かに立香ちゃんは君にも優しいけど、あの子は誰に対してもそうだし、いつも穏やかだし。まさか君と二人きりになって自ら押し倒すような肉食女子とは……」 「押し倒してない! ハグ、ハグだけで何もしてないしされてないから! というか何でボクが彼女に襲われる想定なんだ!?」 「だってロマニ、君は二次元のアイドルに夢中だから、三次元は眼中にないのかと。それに君にか弱い女の子を手籠めにするような度胸あるとは思えない」 「それは、いやその」  マギ★マリが今のボクには希望の星だけど、三次元に興味ないとは言ってない。  か弱い女の子に無理強いするような事もしないけど、何だろう、立香ちゃんとダ・ヴィンチちゃんの二人から、男じゃないと言われてるみたいで何だか複雑な気持ちに……。  反論するにできなくてもごもご呟いていると、ダ・ヴィンチはふっと目を細め、改まった声で続けた。 「それに。――人理焼却を防ぐ為に七つの時代を命がけで巡る、人類最後のマスター。  いたいけな少女をそんな立場に追い込んでしまった君が、自分の欲望で虐げるような真似が出来るとも思えない。  もしロマニ・アーキマンと藤丸立香がただならぬ関係になるとしたら、それは多分に彼女からの働きかけによるものだろう、と推察したまでさ。違うかい、Dr.ロマン?」 「…………」  正鵠を射られ、ぐうの音も出なくなった。それは本当に、その通りだ。  ボクは、カルデアのロマニ・アーキマンは、藤丸立香に負い目がある。  彼女が正しく魔術師であれば、きっとまだ気が楽だっただろう。  魔術師は人を人と思わないような連中ばかりだし、命がけの状況に置かれる覚悟は常にしているし、それに対処するための手段だって持ち合わせている。すなわち、今人類が面している危機に立ち向かう為に最適な人材だったはずだ。  だが、藤丸立香は違う。  そもそもの素養はあったにしても、間に合わせの一般公募枠に引っかかっただけで、訓練も覚悟も何も無かった。  実験中だったレイシフトで突然死地に放り込まれ、訳も分からないままサーヴァントと契約を結んでマスターにさせられた。その場を何とか切り抜けたのもつかの間、レフ・ライノールによって人類の未来は焼却されたと暴露されたあげく、人類の救世主候補にならざるを得なかったのだ。 (彼女だって、外の世界に残してきたものがあったはずだ)  カルデアの実験にどんな思いで臨んできたのか聞いてはいないが、きっと元の世界とつながりを断たれるなんて想像もしていなかったに違いない。  家族がいただろう。友がいただろう。恋人や、もしかしたら将来を約束した婚約者なんてのもいたかもしれない。  カルデアに来た事自体は彼女自身の選択によるものだが、まだ年若い彼女に過酷な運命を押し付けたのは自分だ。 (ボクはマシュを救えなかったばかりか、立香ちゃんまで引きずり込んでしまった)  それを心の底から悔やんでいる。だから身を粉にして全力でサポートをするし、常に健康状態に気を遣って、自分にできる事なら何でもする、という気持ちではある。  とはいえ、 「……ボクだって一応男なわけで、あんまり無防備に抱き付かれると、困るんだけどな……」  はぁぁ、とため息交じりにぼやきを漏らすと、ダ・ヴィンチちゃんがお茶請けのケーキを口に運びながら、おやと眉を上げた。 「そうはいっても悪い気はしてないんだろ? それならいっそ、いけるところまでいってしまえばいいのに」 「なっ、何言ってるのかなレオナルド!? そんな事出来る訳ないだろ!!?」  思わず声がひっくり返ってしまった。ハグされるだけでも困るのに、その先なんて考えられるわけがないだろう!! だが絶世の美女の顔をした変態はにこやかに、 「本人同士に合意があるのなら別にいいじゃないか、そうなっても。  何しろ外ではもう人類がいない。言ってしまえば君と彼女はアダムとイブ、この世に残された唯一の人間の男女だ」 「他にもスタッフ残ってるだろう」 「この際そんな細かい事はいいんだよ、これは君が好きなロマンティックな話なんだから。  ともあれ、まっとうな男女が出会い、お互いを知り、惹かれあうのなら、結ばれるのは必然というものだ。  ま、彼女はカルデア中の人間やサーヴァントに好かれているから、その相手がキミとなったらそれはもう非難囂々、命を狙われてもおかしくないくらいの修羅場になるだろうけど。  ――その死地をかいくぐってでも得られるものはきっと、とても大きいだろうと思うよ、Dr.ロマン」 「…………」  冗談でも何でもなく、レオナルドはそうなってもいいんじゃないかと言っている。女神のような微笑で優しく見つめられたボクは少しの間息を止めた後、そっと視線を背けた。馬鹿げてる、と呟いた。 「ボクはただの抱き枕ってだけだよ。  彼女はそこまで望んでるわけじゃない。それはボクも同じだ。  ……彼女に感謝している。こんな無茶なオーダーを引き受けて、マシュの友達になってくれて、多分彼女以外じゃここまで粘れなかっただろうと思う」  けど、それだけだ。ボクは彼女に個人的な関係を望んでいるわけじゃない。いや、望んではいけない。 「今の時点では本当にイフの話だけど。  もしグランドオーダーを終えて人類の未来を勝ち得た時。立香ちゃんは外の世界へでていき、彼女自身の人生を歩み始める。  そこから彼女はもっと多くの人々に出会うだろう。多くの人々と関係を結び、未来を紡いでいくだろうね。  ――カルデアはただ一時の止まり木に過ぎないんだよ、レオナルド。  彼女は外から気まぐれのように紛れ込んできた小鳥に過ぎない。そんな彼女を守りこそすれ、後に残る傷をつけるような真似は、ボクには出来ない」  かちゃ、と音を立てて、レオナルドがマグカップをテーブルの上に置いた。視界の端に映った彼はひどく生真面目な顔をしていて、その内心を読み取ることはできない。視線が合うと、ふうとため息を漏らして髪をかき上げた。 「……キミはまるで自分には未来がないように言うんだな、ロマニ・アーキマン。イフでいえば、彼女と共に出ていく未来だってあり得るだろうに」 「…………ああ」  ああ、そうか。そういう未来もあるのかもしれないのか。  そう思った瞬間、不意に胸が暖かくなったような気がして、自分でびっくりした。顔まで緩んでしまった気がして慌てて引き締めると、 「悲観的にもほどがある。そんなだからキミは、出会うサーヴァントに皆ダメ出しをされるんだ。  ……でも、ま、一つだけ今のキミに言ってあげられる事があるとすれば」  ダ・ヴィンチちゃんが苦笑して、椅子から腰を上げた。 「例えここでの出来事が、目を醒ませば忘れてしまう泡沫の夢にすぎないとしても――経験した事は決して、無駄ではない。  これまでの特異点での経験を糧にして成長している彼女たちを見れば、それは証明されている」  ――だから、キミはもう少し我儘になっていいのだと。  ダ・ヴィンチちゃんはボクの肩に手を置いてそう囁いた後、立ち去った。  ボクはしばらくの間、彫像のようにその場に凍り付いた後、緩く息を吐き出し、肩の力を抜いた。 (けれどそれは、許されない事だよ。レオナルド)  敵の正体はまだ杳として知れない。だがおぼろげに見えてきたそれは、自分が漠然と抱き続けてきた恐れを裏付けていて、その結末にある自分の未来も決定づけようとしているように思える。  未来は、人間の手に託せるかもしれない。  自分は、その未来を見ることが出来ない。  きっとそれはもう、半ば決まりかかっているイフで、だからこそ自分は藤丸立香というマスターに全てを賭けて、藤丸立香という少女を受け入れる事は出来ない。 「……はは、別に彼女はそこまで重く考えてないだろうに、な」  少しくらい好意を示されただけでこんなにうろたえて、独り相撲でみっともない。一人残された部屋の中、ボクは自嘲気味に空しい笑いを漏らした。  口をつけたコーヒーはすでにぬるく、苦く、まずい。 ごちゃごちゃと考えるロマンと、それを歯がゆく思ってるダ・ヴィンチちゃんの話。