美しい夢の話2(Fate/GrandOrder ロマニ×女主)

 ファーストミッション後に、みっともないところを見られてしまったせいか。  グランドオーダーを開始してからというもの、私はドクターのいる診察室に入り浸るようになった。  ドクターも多忙なのだからあまりつき合わせるのも申し訳ない……と思ったのは最初だけ。  ロマニはいつもふんわりほわほわしているから、こちらも気を遣うつもりが段々その気も失せてしまって、 『君は自分の事を一番に考えるべきなんだよ。何しろ今世界で一番重要な人間なんだからね。ボクの都合なんて気にしなくていい、いつでもおいで、好きな事をしていいんだ』  本人もそう言うものだから、こちらも遠慮しなくていいんだと気を緩めてしまう。だからついつい、 「……いや、その、立香ちゃん。本当に、本気なのかい? ボクと、えっと……は、ハグするの?」  彼がドン引きするのも構わず、椅子に腰かけたまま両腕を広げて待ち受けるなんて我がままを言ってしまうのだ。当然、と頷いて、 「こんな事、本気じゃなくていう訳ないでしょ、ドクター。いいからハグしてください」 「うーんと、えーーっと、ごめんちょっと事態がよくわからないな!? 何で!!?」 「何でって……私とハグするのがそんなに嫌?」  ある程度は想定してたとはいえ、部屋の隅に逃げるほど拒まれると、さすがに傷つく。  ちょっとしょんぼりして問いかけると、ロマニはぶんぶんと首を横に振った。 「いやとんでもない、むしろ渡りに船というか、棚からぼたもちというか、美味しい事この上ないイベントです!! って本音ダダ漏れしてる場合かボク!! そうじゃなくて!!」  真っ赤になってじたばたした後、こっちを見ないように思い切り顔を背けたまま、ドクターは続ける。 「い、いいかい、君が僕に心を開いてくれるのは嬉しい。  ボクの都合なんて気にせず、ここでは好きにしていいとも言った。  だけどね、いや別に下心なんてはなから無いんだけど、君は花も恥じらう年若い少女で、一方このボクはいい年したおじさんもおじさんなわけで。  それが二人きりの時に必要以上のスキンシップをとるのはその、間違いが起きてもおかしくないっていうかね」 「ドクターにそんな度胸無いと踏んでるんですけど、間違ってます?」  しどろもどろの抗弁をすぱっと切り落とすと、ドクターはウッと声を詰まらせた後、うなだれた。 「……それは、うん、間違ってません」 「ならいくらハグしたって平気でしょ? 変に意識しないで、ほら、小さい子供かなにかを抱きしめるくらいの感覚で」 「小さい子供と言われても……というか、本当に何でボクとハグがしたいんだい?  例えばマシュやダ・ヴィンチちゃん……はどうかと思うけど、とにかくボク以外に君と喜んでハグしてくれる人はいるだろうに」  それはそうかもしれない。  マシュをハグしたら、照れながらも喜んでくれるだろうし、ダ・ヴィンチちゃんはマシュごと包み込んでくれそうだ。  それにオーダーをこなして少し増えたサーヴァント達の中にも、気さくで人懐っこい面々がいるから、彼らも喜んで応えてくれるだろう。  でも、違うのだ。彼らとハグをするのはやぶさかではないし、きっと楽しいだろうけど、今求めてるのは違う。そうじゃなくて、 「……なんか、こう、ドクターのハグが癖になったっていうのかな」 「はい!?」  気恥ずかしさもあってか、うまく言葉が出てこない。素っ頓狂な声をあげるロマニの前でうんん、と首を傾げながら続ける。 「最初のミッションの後、パニックを起こした私をドクターがなだめてくれたでしょ。  あれが、本当にとても気持ち良くて落ち着けて、あの後ぐっすり眠れたの。だからまた、今度はしっかりハグしてもらったら、もっとよく眠れるかなと思って」 「……癖になるって言い方が誤解を招きそうだし、ボクは抱き枕じゃないんだけど……」  うう、と頭を抱えながら、ロマニが呻いた。  ちら、とこちらを横目で見てくるので、だからハグしてほしいという意味で「ん!」と更に腕を開いてみせる。  さらに唸り声を漏らした後、ドクターは盛大にため息をついて背筋を伸ばした。 「……何というか、君の言いたい事は分かるよ。  ハグすると愛情ホルモンと言われるオキシトシンが分泌されて、血圧の上昇を抑圧したり、ストレス解消したり、体の調子が良くなったりするからね、薬いらずの良い事づくめだ。  だからハグによって君が安心感を得たというのは、科学的にも証明できはするけど……でも、なぁ。本当にボクでいいのかい? 他の人のほうが適任なんじゃないかな?」  しつこい、と思わずむっとする。私とハグするのが嫌ではない、ハグの効果だって認めてる、なのに自分はしたくないって、何度拒めば気が済むのだろうこの男は。それなら、と手を下ろして口をとがらせる。 「それならクー・フーリンにお願いしてくる」 「えっ何でクー・フーリンなんだ、よりによってあんなセクハラサーヴァントに! 彼は冬木でマシュに狼藉を働いたんだろう!? ハグなんてねだったら何をされるか分かったものじゃないぞ!」  それはごもっとも。冬木で出会ったキャスターのクー・フーリンはその後縁あってカルデアにも来てくれたけど、気に入った女性がいるとちょいちょい手を出してくる。冬木で初対面のマシュのお尻を触ったことも忘れてはいない。  でもいいじゃないか、と尖った口のまま言う。 「彼ならハグ嫌がらないだろうから、いいの。私はとにかく今ハグがしたいの。ほんとはドクターが一番いいけど、駄目なら他の人にお願いするしかないじゃない」 「ぼ、ボクが一番いいってなんで」 「だってドクターは、一番身近な『人間』の大人だから」 「!」  ぐ、と相手が喉を詰まらせた。自分で言った後で、差別意識があるなんて嫌なマスターだ、と少し自己嫌悪を覚える。  マスターであることが嫌なわけではない。サーヴァントの皆だって好きだし頼りにしている。  それでも時折、集団の中で自分だけ普通の人間であることに気づいて、どうしようもない孤独に襲われる事がある。  カルデアのスタッフも人間ではあるけれど、彼らとは二言三言会話をするくらいで、さほど親しくない。そうなると、今気楽に話が出来る人間の大人は、ロマニしかいないのだ。 (私、ロマニに甘えたいのかな)  ちょっと頼りないけど年上の優しいお兄さん。そばにいるだけで自然と気が緩んでしまう、ほんわかした雰囲気の彼に甘えたいから、こんなわがままを言ってしまうのかもしれない。 (でもロマニにしてみれば、いい迷惑だよね)  これだけ拒絶されているのに、横車を押してもお互いにとっていい事はない。仕方ない、ハグは他の人にお願いする事にしよう、とあきらめの言葉を口にしようとした時、 「……よし、分かった。ボクは覚悟を決めたぞ。君の希望通りハグをしよう!」 「へっ?」  突然ロマンがばっと手を広げたので、びっくりして変な声を漏らしてしまった。きょとんとするこちらを見下ろして、赤面しながらロマニは言う。 「確かにボクは君と同じただの人間だ。  ボクなんかのハグで君が安心感を得られるというのなら、主治医として、マスターをサポートするカルデアのスタッフとして、いくらでも応えなきゃ駄目だ。  だから、……は、ハグをしよう、立香君。その、君が、良ければ」 「…………」  ほ、と息が漏れたのは、受け入れてもらえた事に自分でも意外なほど安心したせいだろうか。よし来いと言わんばかりに身構えるドクターを見上げた私は、それじゃあ、と腰を上げた。  ててて、と歩み寄って、「……えと。じゃあ、失礼します」と声をかけてから、彼をハグした。 「っ……」  ふわりと回した腕の中で、ぎし、とロマニの体が緊張する。ぎこちなく下ろしたその腕は、壊れ物に触れるかのように、こちらの背中におそるおそる添えられた。その肩口に、この間と同じように顔をうずめる形になった私は目を閉じて、深呼吸をした。 (ああ、……これ。このあたたかさ)  つかず離れずの距離を保った抱擁は少し物足りないような、それでいて自分を包み込む温もりを感じられて、緊張がほぐれていくようだ。  そうしてじっとしていると、とくん、とくん、と互いの鼓動音が聞こえてくる。その音を聞いてると更に気が緩んで、目を閉じたらそのまま眠りに落ちてしまいそうだ。 (気持ちがいい)  人の温もりは、気持ちいい。狂った歴史で冗談のように人の命が失われていく特異点を旅してきた後は特に、泣き出してしまいそうになるくらい安心する。 (ずっとこうしていられたらいいのに)  このまま何もかも忘れて、子供のように眠り続けてしまえればいいのに。そんな事を考えて、でもそれは出来ない事を自分は知っている。 (これはただの休養。次の戦いに赴くための、エネルギー充填だ)  今にも眠ってしまいそうになるのをぐっとこらえて、目を開ける。ドクター、と小さく囁いて顔を上げると、 「……柔らかいなぁ……いい匂いだなぁ……女の子、いいなぁ……」  視界に映ったのは、デレデレとやにさがったドクターだった。えへへ、と上機嫌にもほどがあるその表情を見た途端すーっと冷静さを取り戻した私は、半眼になって冷たく言い放った。 「……ドクター、セクハラです」 「え。……いやいやいや、それを言うなら、今セクハラされてるのボクだよね、セクハラ強要させられてるよね!?」 自ら雰囲気をぶち壊すドクターロマンw