ドン・ファンなんて認めない

 あのサーヴァントについては、前から怪しいとは思っていたのだ。
 いつも上から目線の余裕しゃくしゃくな、物慣れた態度で女性に接しているから、こいつはきっと女癖の悪いドンファンに違いないと。
 彼女の友人達も、あの男は危ないから気をつけなきゃ駄目よ、と忠告を寄越してくるくらいだったから、誰の目から見てもそれは明らかだったのだ。
 なのに――
(あの思わせぶりな発言にドキドキして、勝手に勘違いしちゃうなんて、一生の不覚……!!)
 ベッドに腰掛けた私はぐぐっと握りしめた拳をどかん! と壁にたたきつけて後悔していた。じんじん痛む手を引き寄せて、ぐうう、と唸る。
(でもあれはどう考えても、アーチャーが悪い!)
 急に真顔になって、やれシャワーを浴びていいかだの、やれ君は魅力的な女性だの、妙に色気のある声で言われたら、例え私でなくとも勘違いしてしまうと思う。
 そこまで考えて、ハッとなった。かーっと顔に血が上る。
(例え私でも、って何!? それじゃまるで私がアーチャーに何か言われる事を、最初から期待してたみたいじゃない!)
 ないない、そんな事はない!
 だって私とアーチャーはマスターとサーヴァントってだけで、そりゃあこのはちゃめちゃな状況でずっと傍に居てくれて、相棒といっても良いくらい信頼してる相手ではあるけど、でもそれだけ! 私はアーチャーの事何とも思ってないし、アーチャーだって私を女とも考えてな、
『君は魅力的な女性だ。だからこそ話したい』
 途端にさっきのセリフが一部だけ蘇ってきて、違う違う違う! と慌てて振り払った。
(言い回しが変だっただけで、アーチャーはただ私より先にシャワー使うのはどうかと思ったから聞いてきただけで、深い意味なんて何もないから!)
 けれどそう思えば思うほど、胸がドキドキして痛くなってくる。熱い顔を手で覆って俯きながら、私はああもう、とため息をついてしまった。
(……バカみたい。本当にアーチャーは私のことなんて、何とも思ってないのに)
 どうせ同室で寝起きしてる事に緊張しているのは自分だけだ(アーチャーは気を遣って霊体化してるけど、そこにいるのは間違いないし)。
 メルトリリスから猛烈なアプローチを受けて困ってるアーチャーに、言い寄られてちょっと悪い気してないんじゃないのとイライラしてしまうのは、自分が悪いんだ。
 私はアーチャーを何とも思ってない――わけじゃないのは、もう薄々分かってた。それが叶わない事も理解しているから、
「――マスター、終わったぞ。先に使ってしまって済まなかったな」
 ガチャリと扉を開けて部屋に戻ってきた、ほかほか湯気を立てるアーチャーを睨み付けて、
ああそう、別にいい。私は何も気にしない。すっきりしてよかったね、アーチャーばかじゃないの、ばかじゃないの、ばかじゃないの、ばかじゃないの、ばかじゃないの
 と言葉にならない怒りをぶつけてしまったのは仕方のない事だと思う。察しのいいアーチャーは声に潜む険を見抜いて眉を上げ、
「……何か怒っているのか? マスター。シャワー室なら綺麗にしておいたから、すぐにでも使えるが」
 こっちの機嫌を取るように言いながら、すとんとベッドに腰掛けた。そういう事じゃない、こっちが怒ってるのは分かるくせに、何でずれた答えを出すんだ、この男は。ていうか、
「私はどうも女性の機微には疎い質でね。もし不満があるのなら、はっきり口に出して欲しい。お互い腹に抱えたままでは、今後の戦いにも差し支えるというものだからな。――マスター?」
「!! な、何でもない! 不満なんて何にも無いから近づいてこないで!」
 ふわっと湯上がりの、私が使ってるシャンプーと同じ香りを漂わせて、いきなりこっちの顔を覗き込んでくるのはやめてほしい、心臓に悪いから!