「うーん……変だなぁ……」
鮮やかな黄に染まる銀杏並木。繁華街をつなぐその通りを、楽しげに語らう人々の流れに乗って歩きながら、少女は首を傾げた。その隣を歩く背の高い青年は、歩行中に携帯電話を見つめる彼女を見咎め、
「マスター、ながら携帯はよせ。よそ見をしていると、そのうち転ぶぞ」
「あっ、ちょっとアーチャー!」
ひょいと取り上げて自分のシャツの胸ポケットにしまい込む。返してよ、と少女は頬を膨らませたが、その不満をそらすために言葉を継ぐ。
「らしくもなく難しい顔をして、どうした? 妙なメールでも来たのか、マスター」
またあの槍兵からふざけた誘いが届いたのなら、今度こそ着信拒否にしてやる。そんなことを密かに決意していたが、
「ううん、そうじゃないけど」
ふわっと広がる長い髪を揺らして少女はかぶりを振った。アーチャーを見上げて、
「さっき私、ちゃんとアーチャーに電話したんだよね。発信履歴の番号もそうなってたし、相手の声も、アーチャーだったし」
さっきの電話。何のことかと思いきや、はぐれた際に彼女が間違い電話をした時のことらしい。ほう、とアーチャーは呟いた。
「番号を打っていて間違えたのではないかね。電話の声は、単なる聞き違いでは」
そんなはずないよ、と少女はさらに強く否定した。
「だって私、着信履歴からかけたんだよ? アーチャーの番号だって登録していじってないし、間違えるわけないでしょ」
「……ふむ」
確かに、一度登録した番号をわざわざ手打ちするはずもない。言われてみれば気になる。アーチャーは彼女を伴って道の端に移動すると、自分の黒い携帯と、彼女のかわいらしい小振りな携帯を手にしてみた。
「先ほどの発信は……これか」
両手でそれぞれ二つ折りの携帯をばかっと開き、ピンクの携帯の方の履歴を開いて、電話マークのボタンを押してみる。光るディスプレイの中で見慣れた番号が点滅して数秒、
ブルルルッ……
もう片方の手中で、自分の携帯が着信をふるえて知らせた。
「確かに、番号はあっているようだな」
「ね? おかしいでしょ? 何で別の人のところにかかったのかなぁ」
ぷちっと切った電話を受けとった少女が、不思議でたまらないと言いたげに眉根を寄せる。
「相手は何かいっていなかったのか」
「うーん……特にこれってことは何も。電話がかかってきて面食らってる、みたいな感じだったけど」
もう一度ふむ、とアーチャーは顎に手を当てた。自分はその相手と言葉を交わしていないので、判断のしようがない。考えられるのは、
「何らかの原因で、他人の電話と混線したのかもしれないな」
くらいだ。混線? と少女は疑わしげに繰り返す。
「そんなことあるの?」
「珍しいだろうが、無いわけじゃない。私も一度、人の会話が電話で聞こえてきたことがある」
それはまだ携帯電話が流行する前、有線電話でのことだったが。
「ともあれ、そう気にする必要も無いだろう。混線であれば、そうそう交わらないだろうしな」
そう軽く結論づけ、また歩きだそうと彼女を促す。と、少女は開いた携帯電話をまたじっと見つめ、
「そっか……もう話せないんだね、さっきの人とは」
なぜだか少し声のトーンを落として呟く。マスター? と腰を折って顔をのぞき込むと、少女は目を瞬かせ、
「なんか、ちょっと……ううん、かなりアーチャーそっくりの声だったんだけど、でも今思うと、もうちょっと若い、私と同じくらいの子っぽい声だったから。……もうちょっと、聞いてたかったなぁって……」
言いながら恥ずかしくなってきたのか、白い頬にぱあっと血の気をのぼらせて、目を伏せてしまった。その様子があまりにもかわいらしいものだから、
「ほう。マスターは今の私の声ではご不満かな。確かに若くはない、君からすれば立派に年寄りの声なのだろうがな」
アーチャーはわざと貝殻のような小さな耳元に唇を寄せてささやく。とたん、「ぴゃっ!」と奇声を発して少女は飛び上がり、
「そっ……そんなこと言ってないでしょ! 私はただ、アーチャーの声と、に、似てた、から……って、もう! 何言わせるのバカっ! アーチャーのバカっ!」
真っ赤になってバカを連発すると、羞恥から逃れようとするようにぱっと背を向けてかけだしてしまう。
「マスター、待て! 急に走ると転ぶぞ!!」
遊びが過ぎたらしい、アーチャーは慌ててその後を追いかける。声に焦りをにじませたその顔は、しかし胸からこみ上げる暖かい感情のために、自然とほころんでいたのだった。