融点

 牢から解き放たれても、常に監視は張り付いている。
 それは当然だろう。おそらく自分が一番、あの時抵抗しただろうから。
 だから、気にしない事にした。
 どうせ行先は最初からばれている。
 飛んでいければ速いのだが、本来飛行は禁止されているから、撃ち落とされるかもしれないな。
 そんな事を思いながら人目を避け、夜が明けてまだ朝もやの漂う街を、影から影へ歩き……そこにたどりつく。

 その場を直に目にするのは初めてだった。
 黄色と黒のテープが張り巡らされ、立ち入り禁止の看板が掲げられたそこは、鉄骨もむき出しの工事現場。
 おそらく何か大きな建物を作っている最中だったのだろう、見上げるほどに組み上げられた骨組みは、しかしそれも見えないほど豊かな枝葉に覆い尽くされ、浸食されている。
 テープをくぐり、歩み寄る。
 鉄板の固い感触、滞る気に濁りを感じるが、そこにたどりつけば、ほっと息がつけた。
 無機質で無遠慮な人工物、それを認めないと言うように、鉄の骨組みを押しのけてどこまでのびやかに咲き誇る木々……いや、もはやこれは森だ。
「…………」
 手近な幹にそっと手を乗せる。目を閉じれば、水の音が聞こえる――こんな街中にあってはささやかに過ぎる。それでも確かな命の音。
「……风息」
 彼の気配は、ない。それでも、その命はこの森の中に、確かに息づいている。……そう思いたい。
(間に合わなくて、すまない。一人で背負わせてしまって、すまない)
 今でも思う。あの時自分が风息のもとにたどりついていたら、きっと彼の夢は叶えられた。
 初めてきいた時、無謀な夢だと思った。
 地上に生きる人間はもはや妖精の手に負えないほど増えている。
 かつての美しい森も、失われた。
 たとえどれほど渇望しても、彼が望む過去を、取り戻すことなどできはしないだろうと。
(それでも。……それでも、叶えてやりたかった)
 彼がまだ幼い頃から、ずっと共に暮らしてきた。彼の望む事が、叶えばいいと思った……叶えてやりたかった。
(すまない、风息。……すまない)
 いくら謝っても足りない。自分がこんなに謝罪していたら、彼はきっと笑って、もういいと言うかもしれない。だが、それもまた都合のいい夢だ。
「……また、来る」
 手を離し、見上げて呟くと、風もないのに木々が揺れたように思った。
 虚淮は踵を返し、街へと足を向ける。一刻も早く離れなければ、冷え切った氷に過ぎないこの体が、溶けてしまうような気がしてならなかった。