新年も過ぎて一ヶ月。
仕事がひと段落ついて窓の外に目をやると、屋内にいるのがもったいないくらいの青空が広がっていた。
「うーん……」
窓から身を乗り出していたら、勇音がなぁに、と後ろから声をかけてくる。
「何見てるの、雪音」
「いや、何かすっごい良いお天気だから。お昼、外で食べようかなぁと思って」
「あらいいわね。今日は暖かいし、きっと気持ち良いわよ」
「勇音は、まだ駄目?」
振り返ると、四番隊副隊長は机の上にどっさり乗った書類を示して苦笑した。
「うん、無理ね。だから気にせずいってらっしゃい。ここの手伝いはもう良いから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。また手伝う事あったら声かけてくださいね、虎徹副隊長」
改まって退室を申し出ると、勇音はやだ、と身じろぎした。
「からかわないでよ、雪音」
「からかってなんていませんよ。同僚とはいえ上司、しかも副隊長様ですから、公私の別ははっきりしませんとね」
真面目な表情を作ってしかつめらしく言うと、勇音は顔を赤らめて、
「もう良いから、早く行きなさい! ……あ、そういえば。十番隊隊舎のあたり、梅が咲き始めてるわよ。どうせならあっちのほうに行ってみれば?」
梅か。確かにこの好天なら、梅見のお弁当というのは良いかもしれない。
「うん、そうするわ。それじゃ、お先に」
「はい、いってらっしゃい」
雪音は勇音と手を振り合って、部屋を出た。
炊事場に置いていた弁当を持ち、隊舎を出て、十番隊の方へ歩き出す。
二月にしてはうららかな日差しに誘われてか、外をふらつく人々が多いようだ。
弁当を広げて昼食にしている人、特に何をするでもなくぼうっとひなたぼっこをしている人、芝生に寝転がって高いびきをかいている人……。
このところ詰所にやってくる患者も少ないし、つい自分の仕事を忘れてしまいそうなくらい、平和だ。
(平穏っていいなぁ……心が和むわ)
しみじみとそんな事を思いながら歩いていたら、不意に後ろからどん! と強い衝撃がきた。
「ひあっ?!」
油断してたところだったので、雪音は思いっきり前につんのめる。
とっさに足を出して転ぶのは何とかこらえたものの、衝撃で手から滑った弁当が、どしゃっと地面に落ちた。
しかも結び目がゆるかったのか、包みがほどけて蓋がはねとび、中身が見事に四散する。
「あ、あぁっーーーー!」
雪音は慌てて地面にひざをつくも、砂の上にとっ散らかった弁当は如何ともしがたかった。
「あああ、せっかく早起きして作ったのに……」
がっくりと肩を落とした時、
「ゆっきー、おっはよ!」
「へ、や、やちる副隊長?!」
ひょい、とピンク髪の女の子が後ろから顔を覗かせてきたので、びっくりしてしまった。
そ、そうか、飛びついてきたのは、やちる副隊長だったのね。
「あ。……ゆっきー、ごはん駄目になっちゃったの?」
相変わらず愛らしい顔を間近に見ることが出来て、頬が緩みそうになったが同時に、彼女のせいでお弁当が台無しになったというのも事実なので、ついひきつってしまった。
「ええっと……」
どうしたものかと思っていたら、やちるはぴょん、と雪音の背中から離れて、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、ゆっきー。ゆっきー見つけたから抱っこしてもらおうと思ったんだけど、それでごはん落としちゃったんだよね。ごめんね」
「や……い、いえいえいえ!」
眉を八の字にして殊勝に謝る姿もまた可愛くて、雪音は盛大に手を振った。
「そんな、気になさらないで下さい! これ事故だし、ちゃんと持ってなかったあたしも悪いんだし、そんな謝らなくても良いですよ!」
「でも、それゆっきーのおひるごはんだよね? ゆっきー、ごはんたべられなくなっちゃう」
「それは……」
まぁ、弁当は駄目になったけれど、昼食なら食堂いけば済む話だし、そう大した問題では。
落ち込むやちるを見ていられなくて、慌てて言葉を継ぎ足そうとした雪音を、しかしぱっと顔を上げた相手が遮った。
「そうだ、ゆっきーうちに食べにおいでよ! 今日ね、剣ちゃんとお外でごはん食べるんだよ!」
「へ、更木隊長……と、ですか?!」
うわ、速攻ご遠慮申し上げたい。更木隊長と一緒のご飯なんて、全くもって心和まない。
そう思って口ごもったが、やちるはすっかりその気になっちゃって、
「それじゃ早く行こうよ、ゆっきー! こっちこっち!」
「う、わっ?!」
手をとって、止める間もなく走り始めてしまう。
あぁっちょっと待ってやちる副隊長、お弁当箱落としたままだし、心の準備出来てませんー!?
……準備が整う前に、現場についてしまった。
雪音はあれよあれよという間に、十番隊隊舎近くの土手まで引っ張ってこられた。
勇音が言っていた、大きな梅の木の下で、更木剣八がどぶろくを抱えてすでに一杯やっている。
その周囲には弓親と一角、それから元十一番の射場が行楽弁当みたいなのを広げて、相伴に預かっているようだ。
「剣ちゃん、ゆっきーね、一緒にごはん食べるのー!」
やちるがぴょーんと身軽にはねて、更木の肩に飛び乗った。眼帯の男はそうか、とさほど興味のなさそうな声を漏らしてこちらを見、
「一杯やるか、雪音」
杯をずい、と差し出してくる。
「ええっと、その、ちょっと都合が悪いっていうか……」
心底ご遠慮したいんですが。そう思って雪音は口ごもったが、
「何じゃ鑑原、らしゅうない、遠慮すな。弁当特別に作らせたけぇ、うまいぞ」
強面の外見とは裏腹に、射場が気さくな調子で誘ってくれる。その隣の弓親も、
「そうだよ、雪音ちゃん。ここから見る梅は、とても美しいよ」
誘いの言葉を口にしながら、うっとりと梅の木を見上げる。だが一角だけは、
「……」
無言だった。杯に口をつけたまま、そのふち越しに、またあの鋭い視線をこちらへ向けてくる。
「え……っと」
その眼差しに困惑して、雪音はふいっと顔を背けた。
本当は、更木隊長や一角がいるこの場から、一刻も逃げ出したい。
特に一角を見ると、以前強く手を握られた時の事を思い出して、急に顔が熱くなって落ち着かない。
だが、他の面々にこうまで誘われては断るに断れない。
しかも悪い事に、特別に作らせたという弁当は本当においしそうで、昼を駄目にしてしまった身としては、ぜひありつきたいと思ってしまう。
「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ、お邪魔します」
逡巡した後は結局誘惑に負けて、雪音は射場の隣に腰を下ろしたのだった。
さてどうなる事かと危惧しながら始まった昼食は、しかし意外と平穏に過ぎ去った。
更木隊長と昼食なんて、と思ったけれど、相手はほとんど口を利かずにお酒を飲んでいるだけ。
弁当を次々食べながら、終始途切れる事なく話をしていたのはやちるくらいで、弓親も射場もそう騒ぐタイプではないし、一角も口を開かなかったので、予想外に落ち着いた観梅の集いとなった。
「……それじゃ、そろそろ失礼しますね」
何事も起きなかった事にほっとした雪音は、食後の茶を飲み干すと、それを潮に立ち上がった。
「えぇー、もういっちゃうの、ゆっきー!」
こちらに背を向けてごろんと横になった更木に寄りかかっていたやちるが、甲高い不満の声を上げる。
(うっ……そりゃ出来ることならあたしだって、やちる副隊長と穏やかな午後を過ごしたいけど……)
「駄目だよ、副隊長。雪音ちゃんは忙しいんだから」
「そうじゃ、わがままをいっちゃぁいけんよ」
後ろ髪引かれて足をすくませる雪音を見かねてか、弓親と射場が口ぞえしてくれる。だが、やちるはぷーっと顔を膨らませて、
「えーやだやだ、ゆっきーと一緒に遊びたーい!」
「わっ、危ないっ!」
ぽーんと跳んで突っ込んできたので、雪音は慌てて受けとめた。やちるはぎゅっとしがみつき、
「ゆっきー、またおままごとしようよ、あれ楽しかった! あたしが剣ちゃんで、ゆっきーはあたしで、ばしばしたおすのー!」
「……それ、どんな遊びしてたの……?」
「いや、まぁ……虚退治ごっこ?」
「……子供の遊びにしては、モデルになってる人とか、ちょっと笑えないね」
「ねー、こんどは剣ちゃんもいっしょにやろうよっ」
「へ!?」
雪音と弓親が顔を見合わせて苦笑いしている内に、やちるがとんでもない事を言い出した。
「ゆっきーと剣ちゃんとあたしで、おままごとするの。こんどは、ぱぱままごっこがいいな。剣ちゃんがあたしのぱぱで、ゆっきーがあたしのままなの!」
「な……な、ななななな何言ってるんですか、やちる副隊長!
おままごとはともかく、何でその配役!? いくら何でもその夫婦、おかしいから! ありえないから!」
恐ろしい想像力から発したやちるの言葉に、つい焦って大声を出してしまった。すると、
「……うるせぇな」
寝ていたはずの更木が起き上がって、じろりとこっちをにらみつけてくる。
うわ、人相悪。普通の子供なら、一発で泣くわ。だがそれに慣れっこのやちるは、むしろ嬉しそうに笑って、
「剣ちゃん、これからゆっきーと一緒に遊ぼうねーっ」
弾んだ声で呼びかけてしまう。
ごきごきっと首を鳴らして、更木は胡座をかいた足に右肘をついた。馬鹿かとか一言のもとに却下すると思いきや、
「そのままごとじゃ、雪音が俺の女の役をするのか」
「は、はぁっ!?」
さらっとまたあり得ない事を言ったので、雪音は素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「い、いやいやいやいや、そんな身がもたなさそうな役、絶対ごめんです! 断固拒否します!」
「まぁ、一度見てみたくはなるね、そのおままごと」
「ある意味、おもろい家族になりそうじゃの」
「そこ、他人事だと思って無責任なこと言わない!」
適当な事をいう弓親と射場にビシッと突っ込みを入れる雪音。しかし、やちるがよじよじと上にのぼってきて、
「えぇー、ゆっきーまま嫌? やりたくない?」
息がかかるほどの間近でこちらの顔を覗き込んできたので、雪音はつい口ごもってしまった。
うう、ちょっとこれは反則だ、やちる副隊長可愛すぎて、断りの言葉が引っ込んでしまう。
「え、えぇっと、ですね……」
それでも何とか抵抗しようと、もごもごしていたら、不意にぐいっとやちるが後ろに退いた。
「え?」
「う?」
雪音とやちる、二人の声がかぶる。
いつの間に近づいてきたのか、一角がやちるの襟首をつかんで、猫の子のようにぶらん、と手にぶらさげていた。
眉間にしわを寄せたその顔にはくっきり不機嫌の色が浮かんでいて、思わずどきりとする。
一瞬間を置いてから事態に気づいたやちるが、
「いやー、離せハゲピカー!!」
やたらめったら手足を振り回して暴れ出したが、一角はまるで意に介さず、
「いい加減にしろよ、どチビ。こいつが帰るって言ってんだ、いつまでも駄々こねてんじゃねぇ」
低い声でそういった後、雪音にしっ、しっ、と手を振る。
「ほら、行けよ。仕事あんだろ」
「あ……う、うん。有難う」
そっけない素振りに虚を衝かれて、雪音はぎこちなくお礼を言う。
「そ、それじゃ、失礼します。ご馳走様でした!」
そうして頭を下げて、そそくさとその場を辞した。
びっくり、した。
並木道を一人歩きつつ、雪音はほう、とため息をもらした。
やちるが更木と一緒におままごとをしよう、などと言い出したのも大概驚いたが、あそこで一角が手助けしてくれるなんて、思いもしなかった。
あの怒り顔を思い返すと、訳もなく居たたまれない気持ちになってしまう。
年末の飲み会以来、一角とは特に何も無かった。
だが会うたびに、あの何か言いたげな強い眼差しを向けられるので、雪音はまた少し、一角を避けている。
一角が嫌いなわけじゃない。だけど、気詰まりだ。
一角とはあくまでも友達でなければいけないのに、側にいるとちょっとしたことで気が動転してしまう。それでは駄目なのに。
「何でよ、もう、一角の、あほ」
歩きながら、ぽろ、と独り言が口からこぼれる。ほとんど無意識のうちに発していたその言葉に、
「――人をあほ呼ばわりすんな」
まさか、返事があるなんて思わなかった。
「!?」
ぎょっとして顔を上げると、青々とした葉を茂らせた並木道の中、一角が幹に寄りかかって立っていた。
「え……え、え? な、何してんの、一角。何で、こんなところに」
雪音が後にしてきた花見の席に残ってるものと思っていたのに、なぜ道の先にいるんだろう。
一角は驚いて立ち止まったこちらを見、幹から体を離して、ずんずん近寄ってきた。たじろぐ雪音の前までやってきて、
「話があるから、先回りした」
きっぱり、言い切る。
「は……なし?」
何だろう。頭が回らず、ただ鸚鵡返しをする雪音に、一角は目を細めた。
ためらうように視線をさまよわせ、ぼり、と頭をかいた後、ふーっと息を吐き出す。そしてようやく目線を雪音に戻して、一角は言った。
「お前が俺の事を今どう思ってんのか、知りてぇ」
「えっ」
どきっとして体が震えた。
どう、思ってるか、なんて、そんな事。息を飲んで凝視していたら、一角の瞳にまた、あの鋭い光が浮かぶ。
「このところのお前見てると、俺は、……勘違いしそうになんだよ」
ふ、と手が自然に伸びて、反射的に身をひこうとした雪音の両腕をゆるく掴んだ。
「っ……」
「なぁ、教えろよ。俺はお前にとってまだ、『友達』か?」
「そ、れは」
そうだ、と一言肯定すればいい。それでこの話は終わる。
そう思ったけれど、声が出てこなかった。
その言葉が、きっと一角をまた傷つけると思ったら、口にする事が出来なかった。
「……雪音」
「!」
凍りついた雪音を、一角はぐい、と引っ張った。
前に引かれるまま、広い胸にどんっとぶつかって、そのまま腕の中に閉じ込められてしまう。
「い、一角っ……」
声を上げると、背中に回った腕に力がこもる。
逃げられないほどじゃない、だけど心が締め付けられるような、強さ。
ど、と大きな鼓動の音を立てたのが、自分か一角か、分からない。
筋肉の引き締まった胸にしっかりと抱きしめられて、全身火に包まれたように、かぁっと熱くなる。
「雪音」
一角の低い声が自分の名を呼ぶ、それだけでくらりとめまいがして、鼓動が激しくなっていく。
多分真っ赤になってるだろう顔を見られたくなくて、必死に俯いたが、一角は雪音の顎に手をかけて、くい、と持ち上げた。
「あ……」
すぐ間近、さっきのやちると同じくらい近くに、一角の顔がある。
やちるの時は、可愛くて可愛くて抱きしめたくなったけれど、今は息が詰まりそうなくらい、どきどきしてしまう。
一角の口から漏れる吐息が、顔に触れた。顎を捕らえる指に微かに力がこもって、一角の目が細まる。
まずい。このままじゃ、キスされる。
逃げなきゃ。この手を振り払って逃げなきゃ。
頭の中を駆け巡るその思いとは裏腹に、体は微動だにしない。
「雪音……」
ふ、と傾けた一角の顔が、もうほとんど間近に来て、
「……だ、駄目……」
雪音は弱々しい制止をしながら、つい、目を閉じてしまった。
あぁ、もう駄目だ。唇に一角が触れる。
……そう思ったとき、
「つるりんてんちゅーーーーー!!」
「うごっ!?」
不意に少女の声が響き渡って、ドゴッと何だかやたら重たげな衝突音が響いた。
「え?!」
驚いて目を開くと、今まで眼前にあった一角の顔がのけぞり、その上に足が乗っている。それを見上げて、雪音はあんぐり口を開いてしまった。
「な……や、やちる副隊長?!」
「えいえいえいえいえいえいえいー!」
「ごぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ!!」
顔の上に乗ったやちるは、その場でどかどかどかっと足踏みをした。
一角は顔を何度も足蹴にされた衝撃で、そのまま後ろにばたーん、と倒れてしまう。
「ゆーっき。だいじょうぶだったぁ?」
「わ、わわっ!」
一角の頭が地面につくより前に、その顔を蹴って跳んだやちるが、こちらの肩に乗ってきたので、雪音はよろめいてしまった。
「や、やちる副隊長、な、何ですかこれ……」
事態が理解できなくて尋ねると、やちるは背中におぶさり、得意げに言った。
「つるりんがゆっきーにいたずらしてたから、せいばいしたの!」
「い、いたずらって……」
どこの誰だ、そんな言葉をやちるに教えたのは。雪音がひくっと顔をひきつらせる。と、
「……てンめぇ、このくそチビ……」
地面に倒れ伏していた一角が、足跡をいくつもつけた顔を上げ、ドスのきいた低い声で唸った。
「今いいところだったのに、邪魔してんじゃねぇ!」
「つるつるのくせになまいき言うなー! ゆっきーにいたずらしちゃだめなのっ!」
「うるせぇ、黙れ、つるつる言うな! あと雪音に何しようがてめぇにゃ関係ねぇだろ!
畜生、俺はもう堪忍袋の緒が切れたぞ、今日こそ叩っ斬る!!」
「べーだ、できるもんならやってみなー、だよ。パチンコ玉になんかつかまらないもんっ」
「あっこら、待ちやがれ!」
べーっと舌を出したやちるは木に飛び乗ると、枝から枝へすごい勢いで移動し始めた。
額に青筋を浮かべた一角は刀を抜き放ち、怒気をまとってその後を追う。
「……」
取り残された雪音は、呆然と二人を見送った。
一角の罵声とやちるの挑発が聞こえないほどに遠くなった頃、ようやく我に返って、
「あ……」
いつの間にか唇に指をあてていた事に気がつき、ぼ、と音が出そうなくらい赤くなってしまう。
後少し、もしあそこでやちる副隊長の飛び入りが無かったら、確実に……一角とキスしていた。
(や、だ。駄目、なのに)
顔が、熱い。自分を抱きしめるように手を回したら、一角の太い腕の感触が蘇って、身体も熱くなる。
(だ……だめ)
ぎゅっと目を閉じて、胸の中にわき上がりつつある思いに、必死で抗った。
認めない。この気持ちを認めるわけにはいかない。認めたら、あたしは、あたしは……。
「っ……」
身を焦がすような思いは、自身の内に潜む冷たい恐怖に蝕まれていく。
雪音は瞳を開いて、唇をかみしめる。
暖かな日差しが降り注ぐ中、指先が氷のように冷え、腕にきつく食い込んだ。