四番隊五席

「十一番隊って、何でアホばっかなんですか」
「あ?」
 手当を終えたところでかけられた質問に、剣八はじろりと相手を見た。
 剣八ほど大柄な男に上から見下ろされると女は大抵たじろぐものだが、彼の前で包帯を片づけた四番隊の女は全く動じなかった。
「だから、何でアホばっかなんですか、十一番隊の連中って。
 どいつもこいつも、敵に猪みたいに突っかかっていって、ずたぼろになって私たちの手を煩わせて。
 あなた達が居なければ、私たちの仕事がずいぶん減るんです。はっきりいって、大・迷・惑・なんです」
 護廷十三隊中最強と名高い十一番隊は、血気盛んな男達で構成されているので、救護・補給部隊であり、最弱と揶揄される四番隊とはすこぶる相性が悪い。
 その構図は、十一番隊の面々が四番隊を無理やり従わせるのが普通なので、こうまであからさまに面罵する隊員は珍しい。
 しかも、文句を言っている相手は、十一番隊隊長の更木剣八なのだ。
「…………いい度胸してやがんな、お前」
 あまりにも堂々と文句を言われ、剣八は怒るより感心してしまう。女は肩をすくませた。
「折角隊長がいらっしゃったので、これを機会に上申させて頂こうと思いました。隊長殿から隊員の皆さんに注意してもらえませんか」
「無理だな」
 手当された腕を動かして、剣八はあっさり応える。女が不満げに眉をつり上げるのを見て、にぃ、と笑った。
「喧嘩は楽しむ事が第一だろ。戦いの真っ最中に、てめぇの体を傷つけないようになんて、そんなつまらねぇ事気にしてやってられるかよ。
 大体、この俺にできねぇ事を、あいつらに言って聞くわきゃねぇな」
「……」
 女はうろんげなまなざしで剣八を見上げた後、首を振って立ち上がった。
「アホにつける薬は無いって事ですね。よぉく分かりました。失礼致します」
「ちょっと待て」
 そのまま背を向けて行ってしまいそうだったので、剣八は女の腕を掴んだ。
 怪我をした手で掴んだので、さほど力を入れたつもりではなかったが、引っ張られて女は後ろにこけかける。
「何するんですかっ!」
「お前、名は」
「は?」
「てめぇの名前だよ。教えろ」
「……話の脈絡がつかめませんけど……。鑑原です。四番隊第五席、鑑原雪音」
 そこで剣八は眉をひそめた。四番隊の鑑原雪音。どこかで聞いた覚えのある名前だと引っかかったのだが、
(……ああ、四番隊か)
 改めて女の所属隊を意識して、納得した。『あの女』がらしくもなく、子供を引き取ったとこぼれ聞いたのを思い出したのだ。
「そうか、雪音か」
 すっきりして呟くと、
「え、何でいきなり名前呼び?」
 名前呼びが思い切り予想外だったのか、雪音は一瞬素に戻って、ため口で問い返してきた。

「あっ、鑑原さん。お疲れ様です」
 補給品の整理をしていた花太郎は、雪音が扉を開けて入ってきた雪音に声をかけた。眉間にしわを寄せた彼女は、おざなりに唸って彼のそばに座る。
「花君。おつかれ」
 大きなため息をはき出した彼女に、花太郎は気遣わしげな笑顔を向けた。
「さっき、十一番隊の更木隊長がいらしてたんですよね」
「うん、そうね」
「話し声聞こえてきましたけど、鑑原さん、更木隊長相手によくあそこまで言いましたね……。ぼく、ひやひやしましたよ」
 剣八が無意識に発する霊圧だけで、周囲を圧する。
 隣の部屋にいた花太郎でさえ、冷や汗をかいてしまうほどだったのだから、相対していた雪音が感じていた圧はどれほどのものだったろう。
 その中で、何らたじろぐ事なく悪態をつくなど、もはや勇気というより、無謀というか、命を捨てに行っているとしか思えない。
 雪音は肩をすくませた。
「隊長相手だからこそ、あそこまで言えたのよ。あの程度で怒り心頭になるような奴が隊長だったら、器が小さすぎるって」
「そ、そうですかねぇ…」
 もし相手が砕蜂隊長あたりだったら、激怒されそうだが。
 そう思いながら薬瓶を箱に入れると、脇から手を伸ばして、雪音が手伝いだした。顔はまだ不機嫌なままだ。
「ほんっと、十一番隊って意味わかんないわね。
 喧嘩が楽しいから怪我しても全然気にしないって、何なのよ。
 隊員がアホなのかと思ったら、隊長もアホだったなんて、最悪。むかつくわー」
「か、鑑原さん、言い過ぎじゃないかと……。十一番隊、嫌いなんですか?」
 四番隊は十一番隊からさげすまれているので、その扱いに愚痴を言う四番隊員は多い。が、雪音は歯に衣着せなさすぎだ。
 もう更木隊長は居ないだろうが、びくびくしながら花太郎が言うと、彼女は口を尖らせて、震点の蓋をきつく閉める。
「馬鹿な怪我する奴は、嫌いよ。誰と限らずね」
「え、じゃあ何で、いつも怪我人ばっかりの四番隊に居るんですか」
「……」
 むすっとした表情でひときわ眉間のしわを深くする雪音。
「あたしは一人でも多く命を救う為にここに居るの。だから、自分の命を粗末にするような奴には腹が立つし、下手な怪我する奴にもむかつくの」
「むかつくってそんな……皆さん、好きで怪我してるわけじゃないんですし……。
 鑑原さんが結構きつい言い方するから、怖がって四番隊来ない人もいるみたいですよ」
 常日頃、よその隊からの苦情を聞かされる花太郎がぼやくと、雪音は肩をそびやかして言い切った。
「怖い四番隊に来なくて済むように、気を付けて戦うようになるならそれでいいわよ。それで結果的に怪我人が減るじゃない」
「え、えぇ~……それはちょっと、乱暴な気が……」
 弱々しく言ってはみたが、雪音の強弁によって、立場の弱い四番隊が守られているのも事実だ。
 そういうやり方もあるのかなぁと首をひねりながら、花太郎は薬の整理に意識を戻した。剣八の霊圧に押されて動けなくなっていた分、仕事を早めに終わらさねば。