ギァン!
高い音を立てて刃と刃がかみ合った。そのまま互いに一寸もひかぬつばぜり合いとなり、ぐずついた地面に足がめり込む。刀ごしに痩身の男とにらみ合いながら、政宗はニッと口の端をあげた。
「どこに行くつもりだ、あんた。Danceの相手はオレだぜ?」
「貴っ様ぁっ、意味の分からぬ事を言うな、どけっ!」
黒装束を追おうとしていた男は、政宗に足止めを喰らい、ギリギリ音を立てて歯軋りした。身からわき起こる殺気を隠しもせず、憎悪の固まりのように言葉を吐き出す。
「なぜあの女を庇う、貴様、あれの味方か!」
(……女、か)
より一層力を込めて押してくる刀に抗しながら、政宗は自分の頬がぴくりと動くのを感じた。
あの黒装束が何者かは分からない。しかし出立前、小十郎が不審者の侵入を報告してきた際、その正体があの客人なのではないか、と言っていた。
(もしそうなら、Ironicなこった)
小十郎は今、どんな気持ちで黒装束に向き合っているのだろう。その心境を思うと哀れな思いがする。しかし、政宗はすぐに振り払った。
あの黒装束の正体が何であれ、決着をつけるのは小十郎自身だ。目の前の男に意識を戻して、ハッ、と笑い、
「別に庇ってるわけじゃねぇ、オレがあんたと話をしたいだけさ」
「話だと……私には貴様と語る事など無い!」
「そう言うなよ、こっちは聞きたい事が山のようにあるんだぜ」
「失せろ!」
吐き捨て、男は刀を弾いた。後ろに跳んで政宗から距離を取ると、鞘に刀を納め、柄を握ったままぐっと腰を下げる。居合いの構えだ。確か村を襲った男も、居合いのごとく、目にもとまらぬ剣閃で全てをなぎ払ったという。
目を引く風体といい、確かにこの男が奥州の村々を襲撃した者なのだろう。確信を深めて顔を引き締める政宗に、男はいきり立ち、怒鳴る。
「たかが一兵卒が私を阻むな、邪魔をするなら斬る!」
「……一兵卒、だと?」
名乗りを上げた武将に対して答えもせず、さらに軽んじる言葉を叩きつけられ、政宗はカッとなった。襲撃の報を聞いてからずっと心中にくすぶっている怒りを押さえかね、柄を握る手に力を込めて唸る。
「言うじゃねぇか……そういうあんたは、どれだけのもんか、分かったもんじゃねぇがな」
「何だとっ」
「北見、志の森、久地の村を襲ったのは、あんただな」
断じて答えを待つと、男は知らんと即座に言った。政宗の苛立ちはさらに募る、この男は己で関心を持つ物以外は目に入らないらしい。
「ここから南にある三つの村だ。うち二つには、オレの部下達がいた」
「……あぁ、あれの事か。あの女も村の事を聞いていた……なぜだ、なぜ貴様らは、それに拘る?」
「さっきの黒ずくめが何考えてるかは知らねぇが、ここはオレの国だ。大事な民を殺されて、へらへら笑ってられるわけがねぇだろ」
「貴様の国だろうと何だろうと、知った事か! あの者達は秀吉様を貶し、あざ笑った。卑しき身で秀吉様に暴言を吐くなど、愚劣の極みだっ! 死してなお許し難い!」
秀吉の名を口にしながら男は感情を高ぶらせる。対して政宗は目を細め、平坦な声で呟いた。
「なるほど、あんたは豊臣秀吉の元部下か」
「元ではないっ! 私は秀吉様の左腕だ、秀吉様のご威光は今なお衰える事はない!」
「だが、死んだ」
ばさり、と言葉で切りつけ、政宗は刀を静かに鞘へ納めた。身内に燃え立つ激情のあまり、顔から表情が抜け落ち、白皙の仮面のようになる。
「死んだ奴をいつまでも持ち上げて、関係ない人間に八つ当たりするなんざ、あんた、救えねぇな。あのBoss猿もこんな後継者しかいないんじゃ、てんで浮かばれねぇ」
「何だとっ……!?」
政宗の言に男は怒りのあまり震え、声を限りに叫ぶ。
「貴っ様ぁぁ! 私を通して秀吉様を侮辱する気か! あの女より先に、永遠に暴言を吐けないようその口を縫いつけて、首を刎ねてやる!!」
「やれるもんならやってみろ」
政宗は腕を交差させた一瞬後、その両手で六の爪を掲げた。雨粒を纏って輝く、さえ渡った刃を構え、
「無力な農民を一方的に切り刻んで、楽しかったか?」
声を一段、低くする。
「何の罪もねぇ人間を斬って斬って斬りまくって、満足したか!」
そして一息に前へ飛び出した。
「奥州筆頭、伊達政宗! 推して参る!」
名乗りを後に残し、蒼い風は瞬く間に男の懐に飛び込み、下からすくい上げるように刃を振るう。
「っ!!」
男は間一髪、刀でそれを受け止めた。しかしすぐさま反対側から、獣の爪のように銀閃が襲いかかる。
「ぅあっ!」
抗しきれず、男は吹き飛ばされて、先の黒装束のように森の中へ突っ込んだ。後を追う政宗の前で、男は足を震わせ立ち上がりながら、がなる。
「貴様に……貴様などに、この私がっ……!!」
どうやら黒装束から受けた攻撃のせいで、まだ思うように身体が動かないらしい、足下がおぼつかない。弱っている者に追い打ちをかけるのは政宗の信条に反するところもあったが、今回は相手が相手なだけに、攻撃の手をゆるめるつもりは無かった。
「HAAAAAAッ!!」
白刃を幾重にも閃かせ、怒りのまま叩きつけた勢いでどっ、と地面が揺れる。政宗の身体が稲光のように青白い輝きを纏った。光を帯びたその切っ先は残像を残しながら、目にも止まらぬ速さで男を切り裂いていく。
「ぐあああああっ!!」
政宗が刀を振るう度に木や茂みが、雨のしぶきと共になぎ倒されていく中、男は為す術もなく弾き飛ばされた。もはや怒りの形そのものになってただひたすら刀を振るう政宗は、地面に叩きつけられて血を吐き出す男に向かって、
「これで仕舞いだ! Rest in Peace!!」
喉も裂けよとばかりに声を張り上げた。カッと周囲が一瞬真昼のように明るくなり、政宗の身体は雷が如く輝いて、男に向かって飛んでいく。光となって襲いかかる政宗に、男は目を見開き、
「秀吉様っ……!」
救いを求めるように、あるいは絶望したように叫んだ。その姿はあっと言う間に光に包み込まれ、
「うああああああっ!!」
天を裂くような絶叫が響きわたった。男の身体は血の糸を幾重にも引いて空を飛び、
「!」
ハッと政宗が息を飲んだ時には、不意に現れた崖から下に、落ちていた。
「Shit!」
急いで駆け寄り崖から眼下を臨むと、白銀の男は闇の中へ飲み込まれ、その姿が見えなくなってしまった。崖下は闇夜の森となっていて、いくら目をこらしても、一度見失った男を発見する事は叶わない。
「……ちっ」
政宗は舌打ちして、熱を帯びた刀を全て鞘に納めた。完膚無きまでに叩き潰した後、身元を確かめようと思っていたのだが、つい我を忘れてしまった。
(野郎……少なくともしばらくは動けねぇだろうが)
万が一、復讐を掲げて再度、奥州の民を殺されては困る。徹底した山狩りを行わなければならない、そう思いながら崖に背を向け、己の技で木々がなぎ払われて出来上がった道を戻り始める。
と、その向こうからやってくる人影が目に留まった。
「小十郎」
「政宗様。御身、大事ありませんか」
霧雨に濡れ、普段はきっちり整えた髪をわずかに乱した小十郎が、静かな足取りで近づいてくる。あぁ、と答えた政宗は、しかし小十郎の言葉よりも、他に注意を奪われた。
小十郎はその両腕に、黒装束の『あの女』を抱えていたのだ。
「小十郎、そいつは……」
そばまでやってきてようやく姿が判然とし、政宗は眉根を寄せた。
最初見たときは男か女か、顔も分からない出で立ちだったが、今黒装束はあちこち破け、その下の白い肌をのぞかせている。雨で服がまとわりつく身体の線は、確かに女のものだ。
そしてその目を覆っていた仮面は今取り払われ、苦痛の表情で目を閉じる女の顔――紛れもない、朝顔の面が露わになっていた。
「……気絶をしているだけです。足の怪我と合わせ、先ほどの戦いでさらに傷を負った故でしょう」
小十郎の答えは淡々としている。表情は常にも増して厳しく、私情を一切窺わせない鉄仮面のようになっていたが、政宗にはその心中が推し量れるように思えて、再び哀れを覚えた。
「素性は、聞いたのか」
無意識に声を和らげて尋ねると、小十郎は首を横に振る。その顔から雨の滴が落ちた。
「いいえ、その間もなく気を失ってしまったので。屋敷に戻りましょう、政宗様。この者が先の男と関わりがあるのであれば、尋問せねばなりませぬ」
そう言い、先に立って歩き始める小十郎。一切の感情を排した物言いにたまらなくなり、
「小十郎。お前は大丈夫か」
政宗はつい、その背中に語りかけた。数歩進んで足を止めた小十郎は、半身振り返り、
「何がですか。政宗様」
全て拒絶する、強くも恐ろしい眼差しで、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
(聞いてくれるな、って事か)
「……いや、何でもねぇ」
政宗は察し、言葉を翻した。二人連れだって雨の道を歩き出し、馬の元へ戻りながら、胸中複雑な思いに顔をしかめる。
朝顔が素性の知れない闖入者である事に一番動揺しているのは、小十郎だろう。
自分が拾ってきた女がどうやらただ者ではない。政宗を何よりも第一に考える小十郎にしてみれば、そんな不審者を主のすぐそばに居させた事は、悔やんでも足りないだろう。ましてその女に心惹かれているのであれば、己の慢心を責めて止むことはあるまい。
(……ちっ)
愛刀の柄を握りしめ、政宗は奥歯を擦り合わせた。
己が出陣して、村を襲った不届き者を成敗すれば晴れるだろうと思っていたもやもやは、男にとどめを刺せなかった事に加えていや増し、胸苦しくなるほどだった。