伊達屋敷に身を寄せて、はや七日。療養のために用意された部屋で、朝顔は退屈しきっていた。
「ん……ん、ん~~っ」
午睡から目覚め、布団の中で身体を伸ばした。頭の上に広げた腕をだらり、と床に落とし、天井を見上げて、
「……あふ……暇だねぇ……」
あくび混じりに一人呟く。
(上げ膳据え膳で、文句を言う筋合いはないんだけどさ)
布団の中で能う限りごろごろしながら、はぁ、と大きなため息をついてしまう。
朝顔を怪我させた相手が伊達の副将、片倉小十郎景綱という大層な身分だからか、朝顔は伊達屋敷についたその日から下にも置かぬ客人扱いを受けていた。何から何までお
(そんなに気を遣わなくとも構わないのにねぇ)
朝顔にしてみれば、山でのあれは単なる事故で、誰が悪いというものでもない。
強いてあげるとすれば、周囲の地形を確認もせず、咄嗟にとびすさった己の不注意こそ咎めるべきで、片倉がその責を負う必要などないと思っている。
(ありがたいけど、落ち着かないよ。困ったもんだね)
そんなに面倒を見なくてもいい、と一度ならず何度も世話係の者に言っているのだが、片倉様のお命じになられた事ですから、といつも拒まれてしまう。
されば彼の人に陳情しようかと思っても、片倉は初日からこれまで一度も顔を見せていない。まさか朝顔が呼び出したりもできず、かといって文でるるしたためたりと、大袈裟にしてはかえって失礼だろうか、と思うと何も出来ず仕舞い。
結局こうして部屋で一人、うだうだしているしかない始末だ。
(やれやれ……早いところ、治ってくれりゃいいんだけど)
寝過ぎてだるくなった身体で起きあがった朝顔は、布団をめくった。稲尾の丁寧な手当をなされた足は痛みも減り、少しは動かせるようになっている。それでも回復には一月かかると言われており、まだ完治にはほど遠い。
(それに……)
朝顔は思い立って、帯を緩めると、襟をはだけた。肌触りが良く、いかにも高そうな小袖の下は見慣れた身体が覗き、大きく前にせり出した乳で視界が遮られる。鏡が無い事にはだけてから気づき、朝顔は手探りでそ、と右脇腹に触れた。途端、粗末な包帯の下で、ずきりと痛みが刺さり、思わず顔をしかめる。
(こっちも、まだ時がかかりそうだ)
本当ならこちらも医師の先生に看てもらえば良いのだろうが、余計な詮索をされる事を思うと、口が重くなる。
(そもそもこいつのせいで、崖から落ちる羽目になったんだよねぇ)
怪我の痛みが気になってぼうっとしていたところに、突然馬が暴走してくるのが目に入ったものだから、何も考えずに動いてしまったのだ。
(全く、あたしの勘も鈍ったもんだよ。……ん?)
やれやれ、とため息をついたところで、朝顔はぱっと廊下の方へ視線を向けた。ばたばた、と騒々しい足音を立てて、誰かがこちらにやってくる。女中でも片倉でもなさそうな気配に、(誰だろうね?)と首を傾げながら、朝顔は襟を整え帯を直した。
程なくして、障子の向こうに人影が映り、
「あ、あの~、朝顔さん。起きてますか?」
おずおず、と男の声が聞こえてくる。
「あぁ、入って構わないよ」
聞き覚えのない声だと思いながら言うと、やはり遠慮がちに障子が開き、気の弱そうな顔の若者が、畏まって座しているのが目に入った。朝顔と視線が合うと、顔を赤くしてぱっと俯き、早口に物を言う。
「す、すいやせん、お休みのところ、お邪魔して!」
「いいや、構わないよ。ちょうど退屈してたしね。あたしに何か用かい?」
「あっ、へぇっ、あのっ、ちょうどそこで浜さんに出くわしてっ、朝顔さんに新しい服持っていけって頼まれやして!」
しどろもどろに言いながら、綺麗に畳まれた女物の着物の山をずいっと差し出してくる。浜といえば、総白髪でかくしゃくとした女中頭の老婆だ。若い女中が怖がるような威厳のある女だったから、気弱そうなこの青年も顎で使われてるのかもしれない。
「そうかい、そりゃわざわざ済まないねぇ」
顔を真っ赤にして衣装を差し出す若者の姿につい、くすりと笑いつつ、朝顔は
「手伝いついでに悪いけど、そいつはあれに入れてくれないかい。この足だと、動きにくくてさ」
「へ、へぇっ、し、失礼しやすっ」
若者は極力朝顔を見ないように顔を背け、ぎしぎしぎこちない足取りで部屋を横切った。急いで葛籠に服を入れると、「じゃ、そのっ、お邪魔しやしたっ!」またぎくしゃくした仕草で出て行こうとする。
(まぁ、初いこと)
まるでカラクリ仕掛けのおもちゃのような動きが面白くて、口元の笑いを抑えきれずに視線で追っていた朝顔は、ふと一点に目を留めた。
「あ、ちょいとお待ち」
「え?」
目の前を通り過ぎる袖をつんと掴むと、若者が貼り付けられたように動きを止める。何事、と凍り付いた若者を見上げた朝顔は、口の端を上げて微笑みながら、言った。
「あんた、その服お脱ぎよ」