ライク・ア・キャンディ・フロス

「なあ、キャット。お前、勇利に惚れてるのか?」
 がらがらがっしゃん!!
「うわ!?」
「な、なにやってんだキャット!」
 唐突な質問が耳に飛び込んできた途端、マシンにけつまずいて、両手で抱えていたスポーツドリンクのボトルの束を思いっきりぶちまけてしまった。
 練習していた選手やトレーナーたちがぎょっとして、わらわらと近寄ってくる。
「あ、う、す、すみません、平気、ですっ!!」
 カーッと顔が熱くなるのを感じながら、慌ててかき集める。
 方々から差し出されるボトルを受け取って、ようやく最後の一本――を渡してきたのは、さっきの質問をしてきた選手だった。
「あ……り、がとうござい、」
「その様子じゃ、マジなんだなぁお前……」
「うっ」
 しみじみ言われて、言葉に詰まる。
 嘘をついてはぐらかせばいいものを、こういう時に言葉が出てこない自分が嫌だ。
 いや正確には惚れているというか、
(つ、付き合う事になっ……たんだけど)
 それがばれたらまずい。と思うのに、こんなあからさまに態度に出ては、周りだってそりゃ気づくだろう。
 ボトルを抱え、どうしたものかと立ちすくんでいると、
「何だ? キャット、おまえ勇利に片思いしてんの?」
「うわー、そりゃ高嶺の花ってやつだろ。まぁこんな近くで毎日キング見てたら、惚れるのも分かるけどなー」
「男から見てもかっこいいしな、勇利。俺が女だったら抱かれたいわ~なんてな」
「きっしょくわりぃ事いってんじゃねえよ、スパーリングでぶっ飛ばされるぞ」
 話を聞きつけた他の連中が集まってなんやかんやと雑談し始めたので、目をぱちくりさせてしまう。
(あ……っと、ば、ばれてない?)
 どうやら自分が一方的に片思いをしてる、と思われているらしい。
 ……そりゃそうだ。
 あの勇利が、キング・オブ・キングスが、女に興味を示すなんて、誰が想像つくだろう。
(どう考えても釣り合わないしなぁ……ましてや勇利のほうから……なんて)
 と思った瞬間、仮眠室での出来事がばっと頭に浮かんで、火が出そうなくらい顔が熱くなった。
 告白された時もそうだが、あれは……何度思い出しても恥ずかしくて、いてもたってもいられなくなる。
 つい顔に手を当てて、うー……と低く唸っていたら、視線を感じた。
「?」
 ちら、と目を動かすと、それまで好き勝手に話していた男たちが、なぜか感嘆の表情でこちらを見ている。
「……あのキャットが、女の顔してる……」
「お前、そんなにしおらしくなれるのか……」
「恋ってすげぇな……変わるな……」
 などと好き勝手な感想を呟くのが次々と呟かれて、
「なっ……う、うるさい! 勝手に人をおもちゃにするな、バカ野郎!!」
 キャットは思わず、ボトルを投げつけてしまった。

 ――後日。
「……って事があったから。あの、多分すぐばれないだろうけど、気を付けたほうが、いいと思う」
 トレーニングの合間、休憩でタオルを取りに来た勇利を、マシンの影に呼んで打ち明ける。
 相手は汗を拭きながら、
「そうか」
 と短く答えた。その様子からは、今の話をどう思ったのか、いまいち読み取れない。
(ほんと表情変わらないな……。これだから、勇利からアプローチしてきた、なんて皆思わないんだよな)
 チャンプとジムのトレーナー見習いが交際を始めたとなっては、先以上の大騒ぎになるのは目に見えてる。
 二人の付き合いは、出来るだけ隠した方がいいと、お互い同意ずみだ。その事には何のこだわりもないが、
(勇利みたいにうまく隠せるようにならないとなぁ。迷惑かけたくない)
 嘘はとにかく苦手だけども、これは死活問題だ。
 自分はともかく、勇利にあんな好奇の目が向けられるのは耐えがたい。
 しかも相手は、自分みたいな野良猫だし。
「あの、勇利。自分も、出来るだけ頑張って隠」
 すから、と顔を上げていいかけた時、
 とんっと唇に軽い衝撃。
 すぐ眼前に勇利の顔が近づいて、また離れる。
 え、と思った時には、大きな手で頭をぽんぽんと軽くたたかれ、
「……後でな」
 口元に微笑を浮かべて囁いた勇利が、身を翻してトレーニングへと戻っていった。
「………………」
 しばしの硬直の後、
(……えっ、いま、キスされた!?)
 唇に残った感触の意味をようやく理解して、全身からぶわっと汗を吹き出した。衝撃のあまり、キャットはよろけてマシンに肩をぶつけてしまう。
 耳まで熱くなるのを感じながら、
(ゆ……ゆ、勇利ーーっ! こ、こんなんじゃ、隠すのぜったい無理だからなーーーーっ!?)
 声にならない声を上げたが、肝心の本人が居ないので、むなしく空回りするのだった……。