――それから、後の事。
「……アラガキ、足いたくない?」
ファルは目の前の義足に手を添え、ふと尋ねた。ベッドに腰掛けたアラガキが、ん? と首をかしげる。それを膝をついた状態で見上げ、
「今日はたくさん、重いものはこんだから。つらくない?」
「ああ、あのくらいならどうって事ないさ。
お前こそ疲れたんじゃないか、ファル。皆にあれこれ指示しなきゃいけなかっただろう」
「うん、それは平気」
確かに疲労感はある。だがそれ以上に、今日は楽しい一日だった。
引っ越しを経験したのは二度目。
一度目は大して物を持っていなかったし、娼館から彼女を引き揚げた老人が一から十まで手配してくれたので、あの時は何もする事がなかった。
けれど、今回は違う。
「足、はずすね」
「うん、頼む」
了解を得て、慎重に留め具を緩めていく。やがてガチッ、と固い音を立てて、義足が生身から離れた。
ずっしりと重いそれを落とさないようにそっと床へ置き、もう片方も同じく。
「ここ、おいておくね」
「ありがとう。楽になったよ」
両方とも外れると、深く息を漏らしたアラガキが、ファルの頭を優しく撫でてくれた。それが嬉しくて思わず、ふふ、と顔を緩めてしまう。
まるで親に褒められたようだと感じるのは、幼少期にこうして礼を言われたことがないからか。
(おとうさんみたい。……っていったら、いやかな)
時折、アラガキは自分との年の差を気にする時があるから、これは言わぬが花だろう。
そう思っている間に、アラガキがベッドに身を横たえたので、ファルも上にあがって寄り添った。アラガキの温もりを間近に感じると、まるでずっと昔からそうしていたかのように心が落ち着いていく。
(ふしぎ。これからずっと、一緒にいられるなんて)
そう思うのは、今日から一つ屋根の下で暮らすことになったからだ。
老人の遺産相続でごたついている間、アラガキは泊まりこみで彼女に付き合ってくれた。
アラガキ自身の生活もあるから負担もあっただろうに、こちらを心配してくれての行動はとても嬉しく、心強かった。
遺族との話し合いでめったになく感情をとがらせていたから、家に帰ってからもアラガキが傍にいてくれて心を慰められたし、そうして同じ家で共に過ごすことにも段々慣れてきたのだが――あのプロポーズで、さらに環境が激変した。
まず、引っ越しを決めた。
以前の家は店と近くて便利だったが、アラガキの職場からは距離がある。
彼は通える距離だから大丈夫だと言ってくれはしたものの、面倒には違いない。その上ファルの家は手狭で、二人で長く生活するには無理があった。そうした点を諸々話し合った結果、店と退役軍人会の中間に位置する場所に住むことにしたのだ。
それで引っ越しの準備を始めたは良いものの、以前と違い、ファルは大量に本をため込んでいた。
さすがに新居へ全て持ちこむのは難しい量だったので、どうしても必要、手放したら二度と手に入らない、あるいは老人から受け継いだもの以外は、名残惜しさを感じつつ人へ譲るなり、図書館へ寄付をするなりして大方処分した。
それでようやく身軽になり、あとは多少の家具があるくらいなので、業者に頼むかと考えていたところ、
『そんなのもったいない。力仕事なら任せてくれよ!』
話を聞きつけたアラガキの仲間たちが、引っ越しの手伝いを申し出てくれたのだ。
普段、男の集団と接しないファルは、最初少し戸惑った。
昔の商売のせいか、アラガキ以外の男性に対して、無意識に身構えてしまう癖が残っている。
引っ越し当日を迎え、緊張して固くなる自分に、しかし彼らは気さくに話しかけてきた。アラガキからそれとなく事情を聞いていたのか、よく頑張ったな、お疲れさまといたわりの言葉すらかけてくれた。
その上、重い荷物を嫌な顔一つせず全てトラックに積み、引っ越し先へ運んで、わいわい語り合いながら配置してくれたおかげで、全て終わって皆で食事を食べる頃には、ファルもすっかり打ち解ける事が出来た。
「アラガキのお友達、やさしいね。ほんとうに、とってもたのしかった」
「それならよかった。今度は飲み会に来てくれと言っていたから、顔を出そう」
「うん。お店にもきてくれるって、いってくれて嬉しかったな」
「そうだ、聞き忘れてた。店のほうはどうなんだ? 昼の客は来てるのか」
アラガキが髪を撫でながら尋ねてきたので、幸せな気持ちのまま、うん、と頷く。
「常連さんが、ランチをはじめるなら宣伝するよっていってくれてね。ちょっとずつ、きてくれてるよ」
相続が落ち着くまでとしばらく休業したのち、ファルは思い切って、店の営業内容を変更した。夜のバーの時間を短くし、その分、昼の営業を始める事にしたのだ。
(わたしがアラガキといる時間をちょっとでもふやしたいから。自分のわがままで、かえたんだけど……)
自分は夜中、アラガキは日中の仕事なので、今まで生活時間の重なるタイミングが少なかった。恋人ならそれも良いだろうが、さすがに生活を共にするのであれば無理がある。
それなら、以前からランチをやってはどうかと頭の片隅で考えてはいたので、いっその事とこれを機に変えてみたのだ。
とはいえ、こんな勝手は不興を買うかもしれない。客足がぐっと遠のいても仕方ないと覚悟していたのだが、幸い杞憂に済んだ。
常連客はそれなら仕方ないと笑いながら受け入れてくれたし、近くの住宅街に住む主婦たちが、
『ここ前から気になってたのよね。だんなが良い店あるって言ってたんだけど、子ども置いてはこれなくて。ランチやってくれるのありがたいわ~』
と覗きに来てくれるようになったのだ。
まだ不慣れで面倒をかける事もあるのに、有難い事この上ない。
「色んなこと変わったから、ちょっとこわかったけど……皆すごくよくしてくれて、うれしい。
かわるのって、いいね」
「……そうだな」
感慨深く呟くと、アラガキは少し笑って、額にキスしてくれた。それが嬉しくて、ファルは背中に手を回して抱きつき、すり、と顔を寄せた。と、タンクトップからのぞくタトゥーが目に入り、そういえば、と顔を上げる。
「アラガキ、きいてもいい?」
「ん?」
「いまさらだけど……どうしてこのタトゥー、いれたの?」
アラガキの胸に宿るそれは、どこか可愛らしい蝶のモチーフで、無骨な印象のある彼には少しミスマッチのようにも思える。
それを変だと思った事はないが、なぜ蝶なのか、その意味を知らないなと思ったのだ。
ああ、とアラガキは目を細めた。
「そういえば、話した事はなかったか。……そうだったな」
枕に頭を預け、しばし天井を眺めた後、改まった様子で口を開く。
「……俺が足をなくした任務の話は、しただろう」
「うん」
それは昔、アラガキの部屋に入り浸っていた時、断片的に聞いている。
頷くと、彼は言葉を探すように少し黙ってから、静かに続ける。
「あの時、俺は残された民間人を保護するために、戦場へ足を踏み入れた。あいにく、生きてる人間には会えなかったが……そこで何度か、蝶を目にしたんだ」
「……そうなの?」
以前話を聞いた限りでは、草木も生えない枯れた大地に砂埃が舞う、不毛の地という印象だった。
動植物もいなそうな場所に、蝶のような儚い存在が生きていけるものだろうか。
疑問を声に乗せると、アラガキは苦笑する。
「あれが本物だったのかどうか、俺も確信がないんだ。
ただ、確かに見たように思った。青白く光る蝶で……現れるたびに目を奪われるほど、綺麗な蝶だった。
そいつを、俺は爆発に巻き込まれる直前にも見た。あれは現実離れした、息を飲むような美しさだったよ」
「……」
「向こうで治療を受けている時の事はあまり覚えてない。ただ寝言か何かで、それを呟いてたらしくてな。病院の看護師が、蝶には意味があると教えてくれたんだ。
蝶はさなぎから羽化する。さなぎの状態を死、そこから羽化するのを再生とみなして、蝶は『復活』を象徴するのだ、とな」
「それ、本でよんだ事、ある。ほかにもあるよね。変化とか、たましいとか」
「らしいな。その辺はお前の方が詳しそうだ。
……その話を聞いた当初はそれどころじゃなかったから、聞き流してたんだが。
こっちに帰ってきて、……色々あって、メガロボクスに復帰すると決めた時、俺はこのタトゥーを入れようと思った」
アラガキの手が、胸元に当てられる。
その当時を思い出すような遠い目をして、
「俺は偽物の足で、リングへ戻った。メガロボクスを始めた頃とは、状況が全く違った。どこまでやれるか分からなかった。だが、義足であっても偽物ではないと証明するために、勝ちを得たかった。
俺はその為に復活したんだと――その決意を、何か形にしたかった。だから、タトゥーを蝶にしたんだと思う」
『再びメガロボクスへ舞い戻った不屈の闘士』
話を聞いているうちにふと、リングへ上がるアラガキを表した言葉を思い出す。
(……いたかったよね、アラガキ)
試合を見るたび、彼の姿にファルはいつも痛みを感じた。
孤独を抱え、相手を叩きのめす姿が苦しそうに見えて、目を背けたくなるほどだった。
見ているだけの自分がそうだったのだから、まして本人の葛藤は並大抵のものではなかっただろう。
(このタトゥー。アラガキのきもちが、こもってるんだ)
大きな手の上に、自分の手を重ねて思う。
もがきあがきながら、それでも懸命に前へ進んでいこうとするアラガキの決意の証だったのだと知って、胸がしめつけられる――だが、不意にある事を思い出して、ついくすっと小さく笑ってしまった。
「どうした?」
「あ……ごめんなさい。これの意味、教えてくれてありがとう。
あの、いまの話が、おかしかったわけじゃないの。ちょっと、ほかのことかんがえちゃって」
「他の事?」
「うん。あのね、いまおもいだしたんだけど……わたしね、本当はファルって名前じゃないの」
「…………え?」
意味が理解出来なかったらしく、アラガキが目を丸くした。
そういう表情になると、急に子どものように見えて、何となく可愛らしい。もう一度笑って、ファルはその頬を撫でた。
「うそってことじゃなくて、あだな……省いてるだけ? みたいな」
「よく分からないが……本名があるってことか?」
「うん、そう。わたしの本当の名前……『ファルファラ』って、いうの」
ファルファラ。
ファルファラ、と二回繰り返して呟き、アラガキは目を細めた。
「綺麗な名前だな」
「……ありがとう」
自分でもほとんど忘れかけていた本名を、アラガキに褒めてもらえるのは嬉しい。はにかみながら、続ける。
「わたし、かぞくのこと、何もおぼえてない。
けどこの名前は、わたしのおかあさんが生まれた国の言葉だって、誰かがおしえてくれたの」
「外国語か。俺は聞いた事はないが……何か意味はあるのか?」
「うん。……ファルファラってね。『蝶』っていみなんだって」
「!」
途端、アラガキが息を飲む。その手の隙間から覗くタトゥーに指先で触れて、ファルは囁いた。
「わたしの名前、蝶っていみなら。
アラガキがここに蝶のタトゥーいれてるの、わたしがずっと、いっしょにいるみたいで、すごくうれしいなと思ったの。
……ほんとうは大事な意味があるのに、かってにそんなことかんがえて、ごめんね」
「……いや」
する、と無骨な指が自分のそれに絡まる。そのまま引かれて、甲に口づけされた。視線が合えば、アラガキは優しく笑いかけてくれる。
「それは俺も嬉しい。お前はいつも、俺の胸の中にいるから。……間違っていないさ」
「…………うん」
そうならいいな、と思っていたから、喜びに胸が躍る。
衝動のまま、ファルは少し背伸びをして、顔を寄せた。アラガキ、と小さく呼びかければ、待ちかねたように唇を重ねられる。
(だいすき)
触れるたびにいつも思う。唇が重なるだけの柔らかい口づけに、胸がどきどきと高鳴る。いつまでもこうしていられればいいのに、とさえ思うほどに。
そうしてしばらく後、ゆっくりと離れた。
目の前に映るアラガキの優しい微笑と、頬を包む大きな手の温もりに、涙が出てしまいそうだ。嬉しくて、喜びのあまりつい、
「あの…………アラガキ。ひとつ、わがままいっても、いい?」
そんな事を聞いてしまった。アラガキは少し驚いたように目を瞬く。
「わがまま? 珍しいな、もちろん良いさ。お前の願いなら、何でも叶えるよ」
「うん。あの、ね。
……アラガキのこと、なまえでよんでも、いい?」
「名前で? それは構わないが、何だって今更」
「うん……あの、わたしがずっとアラガキってよぶの、変だよね。
だって……、……だって、これから……おなじ苗字に、なるんだ、し」
言った後に恥ずかしくなって、思わず視線をそらしてしまった。
プロポーズを受け入れて、同居も始めて、数か月後には結婚も控えている。
その事実を抵抗なく受け入れるにはまだ早いのか、話題になるたび照れてしまう。そしてそこはアラガキも同じなのか、
「そ……れは。うん。言われてみれば、そうだな」
赤面して言い淀んでいる。
(でも、ちゃんとかえていかなきゃ)
呼び方ひとつとっても、これからは夫婦らしいものにしていかなければ。
そう思った故の提案だったが、口にしてみると思ったより羞恥を覚えたので、道のりは遠い気がする。
ぎくしゃくした空気の中、気を取り直すためか、アラガキは改まって咳払いをした。
「……もちろん、俺は構わない。なんなら俺も、ファルファラと呼んだほうがいいか?」
「それは……アラガキが好きなほうで、いいよ。ファルのほうがよびやすいからって、皆そうしてたし」
「ファルファラ。ファル。
……確かに普段はファルの方が呼びやすいな。慣れてるのもあるんだろうが」
「うん。どっちでもいい」
「……分かった。じゃあ、お前も好きにしてくれ」
許可が出たので、覚悟を決めた。
こく、と唾をのみ込んだ後、アラガキの目を見つめ、
「……タツミ」
そっと、その名を口にする。途端、
「っ」
カッ、と相手の顔が目に見えて赤くなり、目が泳いだ。そして急に、待った、と掌を向けてきて、
「…………ちょっと、これは……心臓に、悪いな」
動揺の素振りを見せたので、不安になってしまった。思わず慌てて、
「ごめんなさい、嫌なら……」
謝罪しかけたが、
「嫌じゃない。……恥ずかしいだけだ。多分じき慣れる。気にしないでいい」
そう言ってくれたので、少しほっとした。確かに、急に名前で呼ぶのは、双方慣れが必要だ。
「……タツミ。タツミ。……タツミ」
自分でも早くなじむようにと何度か呟いて、ふふっと笑う。
「タツミも、いい名前だね。やさしいひびき」
そう述べると、アラガキ――タツミがはにかんで笑い、こちらの体に手を回してきた。
「……よく考えたら、名前を呼ばれるなんて久しくなかったな。
ミヤギさんも仲間も、南部さんも、俺を苗字で呼んでるから」
そっと抱き寄せられると、タツミの低い声が、触れ合った体の内側から聞こえてくる。
温もりと優しい響きに心地よさを感じながら、ファルは目を閉じる。
「……あした、たのしみだね。南部さんにあえるの、うれしい」
「ああ。婚約の事も、やっと報告できるしな」
明日はミヤギと共に、南部のもとへ行く予定だ。
いま彼が運営しているジムが一周年を迎えるとのことで、その記念パーティーに招待されている。
二人そろって会うのはこれが二回目。しかもパーティーの招待客に過ぎない身で僭越かもしれないとも思うが――折りを見て、南部には二人の婚約報告をするつもりだ。
「よろこんで、くれるかな」
前に会った時は、軽妙な語り口で感じの良い人だと思ったが、愛弟子が急に婚約したなんて聞いたら、驚くのではないだろうか。
少しの不安を交えて問えば、もちろん、と力強い返事が返ってくる。
「南部さんは誰よりも喜んでくれるさ。俺もだいぶ心配をかけてしまったしな。きっと心から祝ってくれるよ」
「……そうだと、いいな」
タツミの言葉に、そうかもしれないと思う自分に、少し驚く。
前までなら、こんなふうに考えられなかった。
娼婦として生きてきた自分が、普通の女のように働き、恋をし、思いを受け入れてもらえるなんて。ましてそれを人に祝福されるなんて、どこか遠い夢物語のようで、自信が持てなかった。
けれど今は違う。
(かみ、切ったからかな)
重たく伸びた髪を切り、昼にも働き始めて、引っ越しもした。
環境の変化が心にも良い作用を与えているのか。最近はこういう現実を、前向きに受け入れてもいいのかもと思えるようになってきた。
(でも、それはぜんぶ――このひとに、あえたから)
腕をいっぱいに広げて抱きつけば、逞しく大きな腕で抱きしめ返してくれる。
名前を呼べば、自分の名前を呼んでくれる。
キスを与えてくれて、体だけでなく心まで満たすように包み込んでくれる。
そんな人と会えたから、自分は変われたのだと、思う。
「タツミ」
「ん?」
「……わたしを、みつけてくれて、ありがとう」
あの日、あの路地裏でうずくまっていた自分を見つけてくれて、ありがとう。
感謝を込めて囁くと、タツミは少し間を置き、俺こそ、と腰に回した手に力を込めた。
「こんな俺を、ずっと信じてくれて、ありがとう。……愛してるよ、ファルファラ」
「――っ」
その言葉に、胸を刺された錯覚を覚える。痛みのように強く、息がとまりそうなほどの愛しさで、不意に視界が揺らいだ。
「うん。……うん……わたしも、……あいしてる。タツミ、あいしてる」
思いを形に出来る事が嬉しくて、目じりから涙が滑るのを感じながら、何度も頷き応える。
体中を熱く満たしていく幸福に、息が止まってしまいそうだ。
大きな掌が涙をぬぐうのに甘えて、ファルはタツミにしがみついた。
このまま一つに溶けてしまえればいいのに。密着した上体と同じく足を絡めようとした時、骨ではなく金属の固い感触がこつんとぶつかる。その痛みで、ああ、義足を外していたんだったと思い出した。
その軽い衝撃に気づいたのか、タツミは遠慮をするように少し身を引こうとしたが、ファルはひざ下の空白を埋めるため、太ももから絡めてくっついた。すると、
「ファ、ファル。……今日は無理だからな。足無しじゃ出来ない」
慌ててタツミが制止してきたので、思わず笑ってしまった。
誘ったつもりはなかったが、こう密着していては誤解されても仕方ない。ファルは相手を見上げ、
「――足なくても、できるよ? 最初のときみたいに」
甘えるように囁くと、タツミは音が聞こえそうなくらいボッと赤くなった。だがすぐにぎゅっと唇を一文字に結んで、
「……駄目だ。今日は、大人しく寝なさい」
まるで子どもに言い聞かせるように断言して、ファルの頭を胸に押し付けて、顔を見ないようにしてきた。その反応に思わずくすっと笑う。
(こういうところも、すき)
求める時は優しくも激しく、それでいて堅物で、融通がきかなくて。
不器用で、弱っている人を見捨てられない、優しい頑固者。
最初に出会った時に知ったアラガキの一面も、再会してから知ったタツミのそんなところも、全部好きだ。
だから、はい、と大人しく答えた。
言われるままに目を閉じれば、顔をくっつけた胸元から、とくん、とくん、と心臓の鼓動が聞こえてくる。
「……おやすみなさい。タツミ」
そう告げられる相手がいる喜びを、どう言い表せばいいのだろう。噛みしめながら挨拶を口にすれば、するりと頭を撫でられて、
「ああ。……お休み、ファルファラ」
笑みを含んだ優しい声が答えてくれる。自分の名前を愛し気に呼ぶ声と温もりに身をゆだね、彼女は彼と安らかな眠りの中へ落ちて行き――
――そうして、足を失った元軍人と、何も持っていなかった元娼婦は、手を携えて共に暮らせる明日を、手に入れたのだった。
Fin.