「――どうして皆、メガロボクスに夢中になるのか分からないわ」
「ん?」
その声にジョーは後ろを振り返った。壁際のソファの上では、ワイングラスを手にして、覚束ない目つきの女――白都ゆき子がいる。
「……何だって?」
床に転がったビール瓶を拾い、同じく転がった南部やアラガキをまたいで問い返す。
掃除なんて柄ではないが、寝室にまでなだれ込んできた酔っ払いどものせいで、足の踏み場もない。サチオはとっくに寝てしまっているし、起きているのが自分だけ――しかも、稀な客人を迎えて寝床を作らなければならないと来たら、放っておくわけにもいかないだろう。
(珍しい事もあるもんだ)
多忙を極める白都コンツェルンの女社長は今までも番外地ジムへ顔を出す事はあったが、それもほんのひと時ですぐ帰るのが常だ。
それが今日はどうした事か、少し余裕があるからと皆と食事を共にし、やがて酒豪の南部と飲み比べまで始める始末。散々盛り上がったあげく、とうとう迎えの車まで帰してジムに泊まると言うのだから、お嬢様のわがまま極まれりだ。
(今度は何を言い出すのやら)
ゴミ袋に瓶を投げ込みながらゆき子に向き直ると、
「だから、分からないの。なぜ皆、リングに上がって殴り合いをしたがるの。傷ついて、痛いだけじゃない」
据わった目で聞かれ、思わず眉を上げた。
「あんたがそれを言うとはな。メガロニアをぶち上げた張本人が」
「あれはお爺様の悲願を受け継いだだけ。私にはメガロボクスの魅力なんて、分からないわ。全然」
だから、とグラスを空にして、ゆき子は頬杖をついた。心なしか拗ねた子どものように口を曲げ、
「……だからお兄様も勇利も、いなくなってしまったのかしら。私が何も分かっていなかったから」
そんな事を呟く。
ジョーは腰に手を当てた。
これに対する答えを、樹生でも勇利でもない自分は持ち合わせていない。そんな事知るかよ、と突っぱねていいし、自分がなぜあれほどメガロボクスに魅せられたのか、説明してもいい。
だが――それは結局他人の考えで、ゆき子自身の考えではない。となれば、
「なら、あんたもやってみたらどうだ」
がしゃん、と口を結んだ袋をソファの脇に置いて、言った。な、とゆき子が硬直し、ついで目を大きく見開く。
「なにを……私が? メガロボクスを? ……私、女よ」
「関係ねぇだろ。女のメガロボクサーは駄目って規則、あんのかよ」
「……無い……と、思うけど」
「ならいいじゃねぇか、やってみれば。
別に公式選手にまでなれってんじゃねぇ、スパーリングでも何でも、自分でやってみろよ」
どすっと隣に腰を下ろせば、ゆき子が居心地悪げに身じろぐ。そんな事、と酔いがさめたような表情をしているのに少し笑った。この澄ました女もこんな顔するのか。
「樹生も、勇利も、俺も、アラガキも――メガロボクスをやってたワケなんて、てめぇの為ってだけだ。
他人に話して聞かせたところで、そいつの為にならねぇ。
あんたが理由を知りたいと思うんなら、自分でやる他ないだろ」
「…………無茶だわ」
「やってやれねぇ事はないんじゃねぇか。ガキでも出来んだぜ」
「私、運動は……苦手で」
「やらない言い訳探すくらいなら、中途半端にクビ突っ込むのはやめんだな。あんたはリングの外で見てりゃいい」
「……挑発してるの?」
「別に。ただあんた、自分の事になると尻込みするんだと思ってよ」
「っ」
がばっと勢いよくゆき子が立ち上がる。勢いがありすぎてふらりとよろけたので、
「お、おい気をつけろよ」
咄嗟に手を出して支えようとしたが、ゆき子は邪険に払い、
「いいわ、やってやろうじゃない! 女にだってメガロボクスが出来るってこと、この白都ゆき子が証明してみせるわ!」
声も高らかに告げたものだから、
「う、うう~ん……」
「ああ……? なんだぁ……」
「いまの……ゆき子さん……?」
眠り込んでいた男たちと少年が、寝ぼけまなこをこすって身を起こし始める。
突然の宣言に目を丸くしたジョーは、ごそごそとうごめく男たちと、腰に両手を当てて仁王立ちするゆき子という光景に思わず、吹き出して笑い始めてしまった。
「その意気だぜ、お嬢様。あんたの答えは、あんたが見つけなきゃな」