ユー・ガット・メール

「ぁいたっ」
 かがんで段ボールを持ち上げたら、腰に軽く痛みが走ったので、つい声が出た。やばいか? と様子見で動きを止めたが、痛みは余韻を残しつつも緩やかに消えていく。
(うーん……まだ、本調子じゃないか)
 だいぶ復調したつもりだったが、無理はしないほうがよさそうだ。そう思いながら、段ボールを棚の上に置いたところで、
「!」
 ぶぶ、とポケットの中で振動が走った。取り出した手中の携帯を見下ろすと、メールが一通。
(なんだ? ……えっ、勇利?)
 差出人の名前を見て目をむいた。慌てて開けば、画面にはただ一言『大丈夫か』の文字だけが書かれている。
 思わずばっと周囲を見渡すと、ガラス窓の向こう、トレーニングルームに長身の姿がみえた。一瞬こちらへ視線を向けた後すぐ背を向けてしまったが、
(もしかして、見てたのか)
 不審な動きをしている自分に気づいて、メールをしてきたのか。
 そう思った瞬間、カッと顔が熱くなって、携帯をきつく握りしめてしまった。
 勇利は普段、携帯をあまり触らない。本当に急ぎの用事があれば電話、それも相手からかかってくることの方が多いし、メールなんてめったにしない。それが今、短文ながら送信したのは、
(……今顔あわせたら、恥ずかしくて動けなくなる……)
 先日、付き合いだしてから初めて一線を越えたが故に、直接話すのが難しいくらい、自分が挙動不審になるから。メールならまだ、離れていても気遣うことができるから、だろう。
(こっ……こんな、大丈夫かってだけの、すっげーそっけない内容なのに……うわ、やばい。顔熱い)
 また手の施しようがないくらい恥ずかしくなってきて、思わずその場にしゃがみ込んだ。
 こんなのまた心配かける、早く返事をしなきゃと思いながらも、冷却期間を置かないとどうにも落ち着かない……。

「なんだ勇利、携帯握って珍しいな。メール待ちかー?」
 まさかそんなわけないよなーという口調でコーチに声をかけられ、勇利は顔を上げた。
「いや」
 短く返して携帯をしまうと、それで関心がそれたのか、そのままトレーニングメニューの話題になったのは助かった。
(見られたところで、問題があるわけではないのだが)
 まだ動作が鈍そうなシャルを遠目に見て、案じたメールの返信は『大丈夫』。
 この文面だけで、周囲が彼らの間にあった事を推察できるわけもない、が。
 ――彼女からのメールを心待ちにしている自分を見られるのは、やや、面はゆい。