帰郷

 就職したからって大げさなはなむけはいらない、とはサチオの弁だ。
『エキシビションの報酬があるからって言っても、番外地が火の車なのは変わりねぇんだからな。無駄遣いしてる余裕なんてねぇだろ』
 そう言われては、ぐうの音も出ない。自分も一応金は持っていたとはいえ、ジムの再建で相当目減りしている。
「どうしたもんかな……」
 夜、癖になったビール瓶を手に、川を眺めてひとりごちる。
 五年も足踏みさせていたサチオの、新たな門出だ。ささやかなパーティーは開く予定とはいえ、それだけでは座りが悪い。
 かといって、自分に何が出来るだろう。
 元来、物に執着はさほどしない。自分のものと言えるものはほとんどなくしてしまったし、一年前の台風で残っていた過去の栄光も流されてしまった。カーペディエムの外れ券は、今のサチオにこそ送りたいものだった。
 ため息をついて瓶を煽る。水のように流し込んでいた以前と違い、酒の味が分かるようになったな、と思いながら地面に置いた。
 どうしたものかとくすんだ夜空を見上げ――ああ、と小さく呟く。そういえば一つ、あげられるものがあるじゃないか。

「……本当にいいのかよ? オレが貰っても」
 パーティーの段取りを打ち合わせる朝食の席で告げると、サチオは戸惑った表情を見せた。ああ、と頷く。
「どこにいくにも足はいるだろ。トラックより小回りがきいて、悪くはないと思うぜ」
「別に、不満ってわけじゃ……だって、ジョー。ずっと乗ってたじゃないか、あのバイク」
 そうだな、と小さく笑った。
 気がつけばあいつは、自分の半生を共にしてきた。人生が上り調子の時も、下り坂の時も、八つ当たりをしても、大事にメンテナンスしても、ずっと一緒だった。
 傷だらけの自分と同じく、傷だらけのバイク。そいつを、
「使い古しだが、綺麗にオーバーホールしてもらったしな。お前なら、調子悪くなってもメンテできる。……安心して、渡せるよ」
 サチオに託す。
(何にもねぇ俺からの、せめてものはなむけだ)
 そう思いながら告げると、サチオは目を丸くした後、ふっと表情を和らげた。
「分かった。大切に乗る。ジョーみたいにぶんまわしたりしねぇから、心配すんな」
「ああ、頼む」
 笑いあって、手から手へ、キーを渡す。いや、交換する。こっちの手に与えられたのは、一対のサイコロがぶら下がったキー。
 それを握りしめて、思う。
 自分もサチオも、どこにいようとかまわない。ここが、帰ってくる場所なのだともう分かっている。
 サチオがあのバイクに乗ってどこまでも旅立っていくのを、残った自分は見送る――いつかまた帰ってくるその日を、心待ちにして。