愛好家

 金がたまったらいい車を買うと決めていた。
 今時高い車なんて自慢にならない、維持費がかかる、都会じゃスピードを満喫できない等々……周りから妙に反対されたけど、昔からの夢だったから関係ない。
 チャンピオンになってから何年も、地道にためてきてようやく目標金額に到達できたから、
「ジミーさん、聞いてくださいよ! 俺、やっと車買えるようになったんです!」
 朝ジムに行くなり報告したら、それはよかったですね、といつも通りの優しい笑顔が返ってくる。
「何を買うか、もう決めてるんですか?」
「いや、それがまだで……いくつかピックアップはしたんですが」
 携帯を取り出し、候補として目星をつけた車種をいくつか見せる。狙ってるのはクーペだ。低い車高のすらりとしたスタイルはどれも綺麗で、しかも凄まじく速くて、見かけるたびに、いつか自分もあんな車を持ちたいと思ってた。
「とにかくずっと憧れてたんで、ようやく手が届いて嬉しいですよ」
「そうですか。私はあいにく、こういうのには疎いんですが。勇利さん、あなたはご存知ですか?」
「え」
 ぱっと振り返ったら、いつの間にか勇利さんと犬がジムの中にやってきていた。やばい、余計なものに現を抜かすな、練習しろと怒られるかも。一瞬ひやっとしたが、
「そうですね。自分に合ったものを選べばいいと思います。……リュウ、エンジンパワーやトルクはどのくらいがいいんだ」
 あれっ、思いのほか食いついてきた。面食らいながら、
(この人、こういう話も出来るんだな)
 いつも厳しい元チャンプの新しい一面が見られたようで嬉しくなって、つい顔がほころんでしまった。