「つかれた。立ってらんない。帰りたい。帰っていいよな?」
「駄目だ。ここまで来て逃げるな」
いつになく弱音を吐きまくって訴えかけたが、相手はすげなく却下した。
借りた腕に寄り掛かって、うう、と肩を落とす。
「こーほー活動なら、あんただけでいいじゃないか……何でこっちにまでお鉢が回ってくるんだ」
「オーナーが決めた事だ、俺は知らん」
そう応える勇利はシンプルな赤のジャケットにタイトなボトムスと、普段通り飾り気のない恰好で、舞台袖の影の中に立っている。
その向こう側、ステージの方では、スポットライトとカメラのフラッシュを浴びて、白都ゆき子が堂々とスピーチを続けていた。
「勇利はともかく、何で自分までこんなところに引っ張り出すんだよ、オーナーは」
その姿を恨みがましい目で見てしまうのは、そもそもマスコミや支援団体を集めたパーティーに出席するよう命じてきたのが、ゆき子自身だったからだ。
同じようにステージへ視線を向けた勇利が応える。
「それはお前が、メガロボクス唯一の女選手だからだろう。
初戦敗退の下馬評を蹴って、順調にランクを上げている紅一点。これでマスコミが放っておくわけがない」
「そんなの知らないよ。
どうせ連中は好き勝手に書くんだから、こっちから構うだけ無駄だ。
あんただって、余計な雑音は無視しろって言ってただろ」
すると彼は軽く肩をすくめた。
「それとこれとは話が別だ。
俺もお前も、メガロボクサーであると同時に白都の社員だ。
会社の業務であれば、正当な理由がなければ拒否はできん」
そう言われると反論できない。
最初に話が来た時、強硬に拒んだというのに、業務命令という事で、結局押し切られてしまった。
普段その自覚はあまりないが、白都社員として会社に籍を置く以上、仕方がないと諦めるしかないのだろう。
しかし、
「それならそれで、トレーニングウェアなり、スーツなりで参加するんでいいじゃないか、何でこんな格好しなきゃいけないんだよ!?」
思わず声を荒げてしまったのは、会場についた途端、更衣室に引っ張り込まれて、無理やりパーティー用のドレスを着せられたからだ。
体のラインにぴったり添ったデザインの上に、生地が柔くて、大きな動きをするとすぐ破けそうだし。
普段全く履かないミニスカートで、ひざ下全開なのが落ち着かないし。
背後に長く伸びる薄いカーテンみたいなベールは踏みそうになるし。
ヒールのある靴は今にも転びそうで怖いから、一緒に出る勇利に腕を借りる羽目になるし。
まださほど歩いていないのに足が痛いし、顔にもべたべた化粧されたせいでフタをされているようで息苦しいし、不満が募る一方だ。
「こういうのは、オーナーみたいな花のある人だけでいいだろ。似合いもしない奴を着せ替えしたって、笑いものになるだけだ」
勇利に言っても仕方ないのは分かっているが、ぶつぶつぼやいていると、
「……俺は、そう卑下することもないと思うぞ」
え? と顔を上げると、勇利はまじまじ、頭から足元までこちらを検分した後、にやっと笑う。
「
「それ全っ然褒めてないよな!?」
この人が褒めてくれるならマシなのかも、と一瞬思いかけたのに台無しだ。
何だもう、意地悪だなとむくれていたら、小さく笑いを漏らした勇利がふと屈んだ。
(ん?)
腰を折ってこちらを覗き込む距離が、妙に近いと思ったと同時に、
「冗談だ。……良く似合ってる。見違えたな」
空気を含んで甘く響く声が、耳に直接流し込むように注がれたので、
「っ!?」
瞬間、背中を得体のしれない震えが走って、その場から後ずさってしまった。思わず耳を覆って、
「な、ゆ、勇利?」
勝手にカーッと顔が熱くなっていくのを感じていると、勇利はじっとこちらを見つめた後、
「……そろそろ出番だ。行くぞ、キトゥン」
口の端をあげて言った。
ステージではゆき子が二人が壇上に現れるのを待ち構えているのが見える。
「う……うん……はい」
今の何だ、今日の勇利は何かおかしくないか!?
そう思いながら、おそるおそる、自分の手を、差し出された大きな手に預けたのだった。