小休止

 ざば、と湯船につかり、縁に首を預ける。見上げた先にいるのは、今や遅しと身構える少女。栗色の髪をまとめ、服の袖をまくり、やる気満々の笑顔で、
「じゃあ始めるよ、アーチャー。いい?」
 すちゃ、とシャワーを構えたので、苦笑してしまう。
「君の好きにしたまえ、マスター。今更抵抗などせんよ」
「うん! 好きにする!」
 そういってマスターはコックをひねり、吹き出した水の適温を自分の手ではかると、
「よし、いくよー……」
 ゆっくりアーチャーの髪を濡らし始めた。

 わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。
 少女の手の中でシャンプーが泡立ち、白い髪がたちまち覆われていく。ほっそりした指が頭皮を撫でていくのを感じながら、アーチャーはしかし、と口を開いた。
「一体どういう風の吹き回しなのかね。私の髪を洗いたいとは」
「んー?」
 椅子に腰掛けてアーチャーの頭を洗う少女は、なぜか楽しそうだ。鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、
「この間美容院で髪洗ってもらったら、すっごく気持ちよかったから。アーチャーにもやってあげたいなと思って」
 なるほど。確かに言われてみれば、人に洗髪されるというのは、確かに心地がいい。普段自分で洗ってる時とは違う、丁寧で優しいマッサージに、だんだん眠気を誘われてくる。
「気持ちいい? アーチャー」
「……あぁ。君は良い美容師になれそうだ」
「髪切る方は全然駄目だよ、きっと。不器用だもん」
「だろうな。そちらは私が引き受けよう」
「……そんな事ないって言ってもらいたかったんだけど」
「君が不器用なのは万人が認めるところだろう。私は正直が信条なので、世辞であろうと、思ってもいない事など口にできんのだよ」
「ふーん。私、自分で正直っていう人は信用出来ないなぁ」
「ほう、少しは大人になったな、マスター。そうとも、他人の言葉をいちいち真に受けてはいけない。私の言とて、常に信用出来るとは限らないのだからなあっつっ!!」
 いきなり熱湯が降り注ぎ、アーチャーはがばっと起きあがった。勢いよく振り返ると、シャワーを持ったマスターがにんまり、とこちらを見ている。
「減らず口に夢中になってちゃ駄目だよ、アーチャー。油断大敵」
「……やってくれるじゃないか、マスター」
 熱を持った頭頂部を撫でたアーチャーは次の瞬間、目にも留まらぬ早さで少女の腕を掴み、
「えっ、きゃあっ!?」
 ばっしゃーんと派手な水しぶきと共に、湯船の中に引っ張り込んだ。服を着たままばたばたする少女を前に、今度はアーチャーの表情に、いかにも人の悪い笑みが浮かぶ。
「では今度はオレの番だ。覚悟はいいか? マスター」
「な、あ、アーチャーちょっと待った、何する気!?」
 腕の中で暴れる少女をしっかり抱きすくめたアーチャーが、どんな意趣返しをしたのかは、また別のお話。