ある昼下がりにて

 昼ご飯を食べ終え、食後のお茶をのんびり口に運ぶ。日本茶のまろやかな味は緊張をときほぐし、戦いで疲弊した心を癒してくれるようだ。
(私、日本人でよかったぁ)
 過去の記憶はないが、そんな事を思う。アバターの外見や、自分が名乗っている純和風な名前からしてきっと自分は日本人だ。だから、茶の一杯でこんなに心和むのだろう。
 つれづれ考えながら、ふと自分の前へ視線を向ける。
 白い長机を挟んで向かい側にいるのは、ぴったりとした青い服に身を包んだ青年――ランサーだ。
 短い髪を逆立て、いかにも喧嘩っぱやい印象を与えるつり上がった眦。
 敵となって立ちはだかれば、おそらくは相当の脅威になるだろう。そう素人の自分でも理解出来るほど、力にあふれたサーヴァントだが、今は彼女と同じように茶をすすり、緩んだ表情をしている。
(こうしてみると、近所のお兄さんみたい)
 ひょうひょうとした語り口といい、人なつっこい笑顔といい、普段のランサーは親しみやすい。
 槍をはずし、シャツやジーンズを着せたら、本当に『近所のお兄さん』のような雰囲気になりそうだ。
(でも、ふつうの服じゃサイズ合わないかも)
 顔から下に視線を下げれば、分厚い胸板が目に入る。体の線がはっきり出る青いボディースーツは、ランサーの体躯をあますところなく晒し、その全身が凶器のごとく鍛えられている事を強調するようだ。
「何だ、嬢ちゃん。なんか俺に言いたい事でもあるのか」
 思わずマジマジ見つめていたら、その視線に気づいたランサーが不意に声を発した。まずい、見とれていたなんて恥ずかしくて言えない。慌てて手を振り、
「あっ、そうじゃなくて、えっと……ランサーってかっこいい体してるなぁと思って」
 いいわけしようとして口をついた言葉が、
「へぇ? 俺の体に興味があるってか。こりゃまた、ずいぶんあからさまなお誘いだな。そういうのは嫌いじゃないぜ」
 何か妙なツボをついたらしく、ランサーは湯飲みを机に置いて、こちらへウィンクまでしてくる。と、その隣で同じく茶を飲んでいた凛が、ぶっと吹き出した。
「は、はぁ? あんたら、昼間っから何て会話してんのよ! バカじゃないの!?」
 そのまま、がーっと勢いよく叱られてしまい、またも焦って首をぶんぶん横に振る。
「ち、違う違う、そういう事じゃなくて! ただ綺麗だと思っただけで、深い意味ないから!」
「はは、お褒めの言葉をどーも。何だったら、直に見るかい? 嬢ちゃん。あんただったら俺は構わな「私のマスターに妙なちょっかいを出すのはやめてもらおうか」
 ランサーの軽口が、刀で両断されるがごとく切り捨てられる。凛が吹いたお茶を布巾で拭きながら、アーチャーが殺気をこめてぎろりと槍兵を睨みつけた。
「貴様の裸など見たら、マスターの精神に深刻なダメージを与えてしまうではないか」
「勝手に人を発禁扱いするんじゃねぇよ、赤いの」
「発禁で不都合というのならば、犯罪者と言い換えようか、青いの」
「おい、そりゃ言い過ぎってもんだ。互いの合意の上なら犯罪でも何でもねぇだろ?」
「マスターがいつどこで何時何分、貴様に同意した。むやみやたらに脱ぎたがる輩など、犯罪者で十分だ」
「ちょ、ちょっとアーチャー、落ち着いて!」
 慌てて、殺気を高めながら腰を上げたアーチャーの腕を、掴んで引っ張る。ほんの少し前まで穏やかな昼下がりだったというのに、自分の発言のせいで、険悪な雰囲気になってしまった。
「もう良いから、静かにしようよ。ね?」
 宥めるべく相手を見上げると、アーチャーは眉根を寄せながら、渋々頷いた。そのまま座ろうとして、
「あぁ、どうせ見るなら、嬢ちゃんはそいつの体の方がいいよなぁ。それとも、もう見飽きるほど見ちまってるのかね」
 机に頬杖をついたランサーがニヤニヤしながらそんな事を言い出したので、
「!!」
 カッと赤くなったアーチャーがいきなり両手に刀を握って臨戦態勢に入ってしまう。
「あ、アーチャー駄目だってば、こんなところで喧嘩しちゃ!」
「下がっていたまえ、マスター。この男の減らず口にはもはや我慢ならないっ」
 マスターを背後に押しのける勢いで構えるアーチャー、それに対して、
「ちょっと、校内での私闘は御法度よ、ランサー。むやみに相手を挑発するんじゃないの」
「なぁに、腹ごなしの運動にちょいとやるだけさ。これくらいのじゃれ合い、セラフも見逃してくれんだろ」
 凛の呆れ声を背に、嬉々として槍を手にするランサー。双方、まったなしに闘気を高ぶらせ、避けようのない衝突へ刻一刻と近づいていき――
「あのう……」
 しかし不意に割り込んだ細い声が、その緊張を妨げた。その場の全員が視線を向けた先には、心底困った顔で泣きそうになっているNPCの桜がいる。
「ここ、保健室なので……戦闘行為はやめていただけますか。というかそもそも、ここでご飯食べないでいただきたいんですけど……」
「お昼くらい食べたって構わないでしょ、別に」
 消え入りそうな声に、凛があっけらかんと応える。長い足をくみながら、
「食堂いっても、広いわりに人がいないから、なんか落ち着かなくて。その点、保健室ここは適当な広さだし、眠くなったらベッドもあるし、快適なのよ」
(ここ、休憩室じゃないと思うんだけど……)
 一緒に食事をしていた身の上なので、つっこみを入れる事が出来ないが。
「ほ、保健室は休憩室じゃありませんっ。うるさくする人たちは出ていってください!」
 桜もさすがに耐えかねたのか、抗議の声を上げる。が、
「へいへい、じゃあ大人しくしますよ。静かにしてりゃ問題ないよな?」
「うむ。失礼した」
 いましもぶつかり合いそうになっていたサーヴァント二人が矛をおさめ、素直に着席したので、桜は怒りのやりどころを見失ったらしい。
「……もう、いいです……」
 疲れた様子でつぶやき、そのまま頭を抱えてしまう。なんだか申し訳ない気がする、お茶まで出してもらったというのに。気兼ねしてそろそろ行こうか、と皆に声をかけると、
「そうだな、マスター。そろそろアリーナの探索を再開しよう」
「私たちも行きましょうか。確かにいつまでものんびりしてる場合じゃないわ」
 アーチャーに続いて凛も、んーっと大きく伸びをしてから立ち上がる。さっさと廊下に出て、靴音も高く歩き出した彼女の後ろに続きながら、
「了解。そんじゃ、野暮用が済んだら、嬢ちゃんの期待に応えなきゃな」
 ランサーが、もう一度ばちん、とウィンクをとばしてくる。途端、凛がその腹に肘鉄を入れた。
「ばか! よそのマスターに醜態晒すような真似するんじゃないわよっ」
 きぃと髪をうねらせて怒声を発するが、ランサーは全く怯む様子なく、
「へいへい。じゃあ、あんたにだったら俺の体、全部晒してもいいわけだな」
 またもニヤニヤしながらそんな事を口走ったので、
「~~この、ばかランサー! そんな真似してみなさい、令呪で一生その服脱げないようにしてやるんだから!!」
 耳まで赤くなった凛が、令呪の刻まれた左手を掲げ、本気で宣誓する。
 おいおい冗談じゃねぇかと慌ててマスターを宥めにかかるランサーを見て、
「……全く、どうしようもない奴だな。マスター、ランサーには近づくんじゃないぞ。あいつに触れられたら君は汚れてしまうからな」
 アーチャーが半ば本気でそんな事を言い出したので、思わず笑ってしまった。
 口ではなんだかんだ言いながら、アーチャーはランサーと話している時、どこか気安い雰囲気になっている。ランサーの性格によるものか、あるいは男同士だからなのかは分からないが、そんな二人の掛け合いは、見ていて楽しいものだ。
「アーチャーってランサーと仲良しだよね」
 そう評すると、
「……君は一体これまでの何を見て、そう判断したんだ?」
 アーチャーは苦虫をかみつぶしたようなひどいしかめ面で、重苦しく呟いたが。