出会いは、偶然ではなかった。
総督の横暴が許せず、兄と共に町へやってきたという男を追った先で、あの男と出会ったのだから。
――必然だったのだろうと、今になって、思う。
水が流れる。蛇口からあふれんばかりに流れ、そり落とした髭が排水溝へと吸い込まれていく。
髭をそり、髪を整える。襟を正し、袖を引いて……最後に、流れ落ちる水に手をさらした。
冷たさの中に、ぴりぴりとした痛み。
澄んだ水は手を介して、赤を交えて、黒い穴の中へ――皮が剥がれて肉をむき出した拳から流れる血が、洗い流される。
それをただ、ただ無心に眺めた。
消えてしまえばいいと。何もなかったかのように、すべて消えてしまえばいいと、心の奥底でわめきながら。
葛藤と怒号で傷ついた拳は、傷跡だけ残して、浄化された。
ゆえに、わきの棚に置いた帽子を手に取り、ぐっとかぶる。
頭を締め付けるようなそれを身に着けてしまえば、支度は終わりだ。
鏡の中から見返す自身は、すでに完成していた。
すなわち、警官に。
すなわち、英国政府の犬に。
すなわち、ゴーンド族の羊飼いをとらえる猟犬に。
「…………」
毒で意識がまだ判然としない中、聞いた名を口にしようとしたが、唇は凍り付いて動きを止めた。
この期に及んで、まだ迷っているのかと首を振る。
いい加減にしろ、もうすべてを終わりにしなければならないのだから。
いまだ迷いを抱えていることを自覚しつつ、踵を返す。
硬いブーツの靴音が虚ろに響く中、決意を鈍らせまいと振り返らずに部屋を出ていく――もう、後戻りはできない。