しゃらしゃらしゃら。滑らかな手つきで弦をつま弾くような、葉擦れの音が清かに響く。
降り注ぐ陽光は生い茂る竹の葉に遮られ、断片となって地面の上で揺れている。不規則に揺れ動くそれを目にしながら、何度目かもわからないその場所へ足を踏み入れた。
途端、周囲の空気が変わる。ただそこにあるだけの自然の造形物から、明らかに敵意のある者へ。
全方位、逃げる事もままならぬほど全身に突き刺さる意識を感じる。
だが、もう慣れたものだ。この竹林のからくりは知れている。
外界のものを拒み、退け、食うように出来ている。
それさえ分かっていれば、この身一つくらいどうとでも。
半ばまで進み、もはや戻るのも叶わないあたりで、竹林は牙をむく。
天まで刺すほど伸びているのであれば、地下におびただしい根を伸ばしてその場に屹立しているのだろうに、ざわざわと騒々しい音を立て、動く。
初めに退路を塞ぎ、後ろから前へ獲物を駆り立て、やがて前方の道すら閉ざして、隙間もないほど密集した竹によって押しつぶされる、飲みこまれる。
千切れた葉はそれ自体が刃のように飛び交い、皮膚を切り裂き目をつぶそうと襲い掛かってくる。
「ふっ!」
それらを避け、手刀で叩き落しながら進む。悪意はいや増し、鳥肌が立つほど空気が重くなるが、気にならない。息苦しいほどに竹が眼前に迫って道を塞ごうとしているが、
(退け)
声に出さず、腕を振るう。
その意に応じて、腕にはめた十の輪が光を帯び、それ自体が意思を持つように飛び出した。雷に似た青い光をまといながら鞭のようにしなり、轟音を立てて四方八方の竹を薙ぎ払う。周辺の視界が開けて、道が再び見えた。
身を断たれて竹林全体に怒りの気配が揺らめく、だがそれが再び力を得る前に地面を蹴り、彼は領域の境界へ達する。
さぁ、と目がくらむほどの光。
息がつまる林を抜けた先は、清水が流れ落ちる滝を中心とした広場。
背後にわだかまる殺意とは裏腹に、静謐に包まれたこの場所を初めて訪れた事を思い出すと、少し笑いたくなる。
(何としても幻の地を奪い去ろうと思っていたのに)
今はこの入り口で待ち構える、美しくも強い番人に、すっかり心を奪われてしまっている。
「――また来たのね。懲りない人」
彼の到来をあらかじめ知っていたかのように、その人は言う。
言葉は強い、だが最初に出会った時に身に着けていた笠も仮面も今は無く、黒々とした美しい瞳は――彼がそう願ったからかもしれないが――親しみが映るようになっている。
「ああ。今日は巷で流行っている菓子を持ってきた。一緒に食べないか」
「あなた、おかしいわ。そんな事の為に、毎回命を懸けているの? それとも、それで毒を盛るつもりかしら」
「心配なら私が毒味をするさ。こんな秘境にいてはめったに手に入らない珍味、興味はないか?」
どれほど武を極めようと女は女。好奇の光が瞬くのを、彼は見落とさない。
受け入れられるものと手前勝手に決め、水辺の岩に腰掛け、その隣に菓子の編籠を置いて手招きした。ほどなく彼女が、渋々を装ってやってくるのを、もう確信している。
シャン・チーのウェンウー、地道にお母さんに会いにいってるじゃん……?!となったのでw
百年修得同船渡,千年修得共枕眠
五百年の修業を得てはじめて同じ船で乗ることができ、千年の試練があってからはじめて同じ枕で寝ることができる