部屋の棚にびっしり並んだ瓶を整理していたら、
「おーい、誰かいねぇのか」
入り口の方から声が聞こえてきた。いつの間にか人が来てたらしい。
「はい! 少々お待ち下さい!」
慌てた雪音は手に持っていた瓶をひとまず棚に戻して、
「すみません、遅くなり……げ。」
出て行って丁重に謝ろうとして、思わず唸ってしまった。
保管部屋の戸口に立っていたのがハゲ、もとい、十一番隊の一角だったからだ。目が合うと、向こうも、ぐえっとでも言いたげな顔で、
「またお前かよ、雪音」
嫌そうにため息をついた。
「そこかしこに出没しやがって、お前分身でもしてんのか。つーかそんなに暇か、四番隊ってのは、えぇ?」
初っぱなから喧嘩売ってくるかこの野郎。雪音も苦虫を十匹ほどかみつぶしたような顔で答える。
「何いってんのよ、ここの管理は四番隊の仕事なの。
大体、どこかの隊の連中が能なしで、何の仕事もしないせいで、その分真面目で誠実なあたし達が割り食ってんのよ」
「おう待てよ、その『どこかの隊の能なし連中』ってのは誰の事言ってんだ」
「そこが引っかかるなら、思い当たる節があるという事ではありませんか、斑目さん」
「急に敬語になるな! 馬鹿にしてんのか、てめぇは!」
「うだうだ抜かさず御用件をどうぞ。こちらへ来られたということは、薬のご用立てですか」
「……むっかつくな、てめぇ」
一言低い声で唸ってから、一角は気を取り直したようにふんっ、と鼻を鳴らし、
「ここで一番効く血止めをよこせ」
「血止め、ですか」
上から見下ろす物言いは気に入らなかったものの、早いところ用事を済ませて帰ってもらった方がお互いによさそうだ。
雪音は後ろの棚を振り返った。下の方から黄色の瓶を取り、差し出す。
「それなら、鬼散膏で宜しいですか?」
「あん? きさんこう? 何だそりゃ、聞いた事ねぇな。効くのかよ」
何だ、その頭っから疑ってるような口調は、とことん失礼な。雪音はむっとして、
「効くわよ。何たってこの薬の名前は『鬼が泣くほどの痛みも散る軟膏』って意味なんだから」
「……誰がつけたんだ、そんな子供だましの、おとぎ話みてぇな名前」
「あたしよ! 隊長が手を叩いて気に入って下さった名前なんだから、なめんなこら!」
思わずムキーッと拳を振り上げようとしたら、一角が驚きの声をもらした。
「これ、お前が作った薬なのか?」
「そうよ。悪い?」
「悪いたぁ言ってねぇだろ。意外だっただけだ。お前が大人しく机に座って薬作るなんて、やってそうに見えねぇから」
「あんた、あたしの事馬鹿にしてない?」
四番隊の人間なら誰でも、薬の一つや二つ作る。というより、雪音は薬を作っている時間のほうが多いくらいだ。
「へぇ。お前が作った薬、ねぇ」
一角はやたらへぇへぇ言いながら(やはり馬鹿にされてる気がしてむかつく)瓶の蓋を開けて、指で薬をすくい取った。それをどうするのかと思ったら、
「ちょっと持ってろ」
瓶をこちらに押しつけてきた。そして肩に担いでいた刀の鯉口を切って、
「え!?」
刃に自分の掌を滑らせた。当然手が切れて、傷口からだらだら血が溢れ出す。
「ちょっ、何してんのあんた!」
驚いて一角の手を掴もうとしたら、相手も驚いた様子でぱっと避けた。
「何って、てめぇの薬を試してやろうってんだろうが」
「は?」
薬を試す? 何の事かと思ったら、一角は先ほど取った薬を傷にぐいとなすりつけた。
これも当然、薬は綺麗に傷口を塞いで、ぴたりと血を止める。
へぇ、と一角が嬉しそうな声を上げた。
「本当に効くじゃねぇか、これ。よし、貰ってくぜ」
「それはいいけど、ちょっと、手貸しなさいよ」
「あ? 何でだ」
「何でって、今怪我作ったでしょうが。治すから」
一角は面倒そうに手を振った。
「こんなの、怪我の内にはいらねぇよ。もう血ぃとまってるしな。お前の薬のおかげで」
「……そ、そうですか。まぁ、確かにそう深い傷じゃないけど」
言いよどんでいたら、いきなり一角が雪音の顔をのぞき込んできた。
「何赤くなってんだ、お前」
「は? なってないわよ」
ぎくっとして身を引いて、頬を手で隠す。うわ、ほんとに顔が熱い。一角はきょとん、と目を瞬いた後、おかしそうに笑った。
「なってるだろ、すげー真っ赤。何だよ、ちょっとほめたくらいで、そんな照れんなよ」
「照れてませんっ。御用件がそれだけなら、とっととお帰り下さいっ!」
雪音は一角をぐいっと押して、背を向けた。
……あぁもう、治れこの赤面性、何でこんな奴の前で赤くならなきゃいけないんだっ! しかもまだ笑ってるしあのハゲ!