FGOのZeroコラボイベントにて。
雲一つ無い夜空を紫電が走り、轟音が鳴り響く。猛る牡牛二頭は何もない空を分厚い蹄で蹴り、主の願うままに冬木の上空を駆け抜けていった。
「…………」
手綱を握るライダーの後ろで、ウェイバーはへたり込んでいた。
彼はもちろん、聖杯戦争がなんたるかは、事前に調べていた。英霊を召喚しての尋常ならざる殺し合いが、最長でも二週間の短期決戦である事は理解していたが、それにしても毎日、いや毎時ごとに、メインイベントが次々と起こりすぎて目が回りそうになる。しかも彼のサーヴァントは自らしゃしゃり出て、無茶きわまりない茶番を仕掛けるのだから、たまったものではない。
(わけわかんない奴らが横やり入れてくるし、バーサーカーを匿う羽目になるし……もうボクには制御しきれないぞ)
足元で転がって気絶しているマスターの男と、その横で死んだように端座しているバーサーカーから少しでも遠ざかろうと、身をちぢこませるウェイバー。すると、うーん……という声が耳に入った。
顔を向けると、彼の隣でシャムスが眉間にしわを寄せて顎に手を当てて考え込んでいる。
「オマエ、何でそんな難しい顔してるんだよ」
剣に手をかけてバーサーカーを警戒しているからかと思ったが、それにしては集中を欠いている。何事かと問いかけてみると、シャムスは物思わし気な表情を向けてきた。
「……いや、先ほどの連中なんだが……」
「ああ、妙な奴らだったな」
突然乱入してきたのは、見たこともないクラスのサーヴァントとマスターで、その実力はアーチャーを屠った事からも折り紙付きだ。
「それに、サーヴァントなのか人間なのかもよく分からないあいつとか……」
あの男は自分が疑似サーヴァントだとか言っていたが、予測というより先々の展開を知っているかのような言動と行動の数々は不気味極まりなかった。
聖杯戦争は命のやり取りをする戦の場とようやく腹に据えたというのに、あんな規格外の横やりが入っては、計画も何もあったものではない。
……いや、ライダーを召喚してからこっち、計画なんて上手くいった試しがないのだが。
「そうだな……よう分からぬ……」
シャムスは顎にとんとんと拳を当てた。思い返すように空に視線をさまよわせ、
「あの男……何か、どこかで見た事があるような気がするのだが……」
そんな事を言い出したので、えっと驚いて顔を向けた。
「オマエ、あいつを知ってるのか!? どこのどいつだよ!」
思わず身を乗り出して問い詰めると、
「いや、あんな無礼千万な男、顔を見知っていれば必ず覚えているはずだが、少しも思い出せぬ。しかし……」
話しながらシャムスがウェイバーの顔をまじまじと覗き込んできたので、
「……ちょ、ちょっとオマエ、その、な、何だよ……」
至近距離で見つめあっている事に気づいたウェイバーは思わずたじたじと後退してしまった。美人は近くで見ると迫力がありすぎてちょっと怖い。と、
「なんだシャムス、余の知らぬところで良い出会いでもしておったか。ああいう男が好みであったとは意外意外、余も今から痩身を目指して、ダイエットでもするか」
楽し気な声が割って入ってきたので、シャムスはがばっと立ち上がり、
「何を仰せになられます、そのような事ありえませぬ!
あんな、顰め面のひょろひょろした辛気臭い賢しらな男が好みであるはずなど、天地が逆さになろうとも全く持ってありえませぬ!」
慌ててそんな事を言い募ったので、ライダーは呵々大笑して彼女の頭を撫でた。
「すまんすまん、ほんの冗談だ。そなたが若い男に興味を示す事などそう無いのでな、ついからかいたくなった」
ぐしゃぐしゃと髪を乱されながら、シャムスは子供のように拗ねて唇を尖らせた。
「……この私が我が君以外の者に心を動かすはずがありません。お戯れにも、そのような事を仰せになるのは、我が君といえど聞きのがせませぬ」
「うむ、そなたの心はようく分かっておる。確かに冗談が過ぎたわい、そう拗ねてくれるな」
「あっ」
機嫌を損ねた従者を取りなすように、ライダーは片手でシャムスを引き寄せて、その頬に音高く口づけた。途端、曇っていたシャムスの表情がぱっと明るくなり、我が君……と頬を赤らめて恥じらう。イスカンダルは戦車の眼下に広がる夜景へ視線を戻し、
「確かにあの軍師、気になる存在ではある。この先も口出しをしてくるようならば一発、きついのをお見舞いせねばなるまいて。何しろ、征服王の戦を台無しにしようというのだからな」
そう高らかに宣言した。すると従者も拳を握る。
「そのような不埒ものを放っておくわけにはいきませぬ。我が君、このシャムスは身を賭けてあの者達を必ずや退けてご覧にいれます」
「はは、抜け駆けはいかんぞシャムス。無粋な邪魔立ては気に食わぬがあの連中、戦いぶりは実に見事だった。一戦交えればさぞ楽しかろうよ」
好戦的な笑みを浮かべて、手綱を引き締めるライダー。どうやら、バーサーカーのマスターから何とか聞き出した拠点――マトウ家の屋敷上空に着いたらしい。ぐんぐんと下降していく戦車の中、一人雰囲気から取り残されたウェイバーは、
「……どうでもいいけど、いちゃつくなら僕の目の届かないところでやってくれよ」
げんなりため息をついてから、
(あいつの正体が何なのかは分からないけど……ライダーにこんな気に入られ方しちゃったのは気の毒っちゃ気の毒だな。どうせむちゃくちゃやって、敵も味方もぶん回すにちがいないんだから)
来たるべき未来の混乱を思い、正体不明の敵に対して同情の念を抱いたのだった。