ゲスとクォリアンの戦争は最後の局面に達した。
サーバーを停止させ、残るはラノックからのリーパー制御信号の排除のみ。刻々と変化する戦況にいまだ、ノルマンディー内はせわしない空気が絶えない。誰もが最悪を避けようと慌ただしく駆け回る中、
「……で、なぜエアロックを使おうとしているんですか、あなたは」
シェパードへ報告を行った帰り、エアロックの前でにらみ合いをするプロセアンとゲスの二人組に出くわしたリアラは、ため息交じりに質問した。
リージョンから一瞬も四ツ目を離さないまま、ジャヴィックが唸る。
「この機械生命体は危険だ。今すぐ当艦から排除すべきだ、エアロックから捨てる」
『その処理を実行するには艦長の承認が必要。我々は少佐シェパードの判断であれば従う。お前は不適格』
パカパカと頭のパーツを忙しく動かし、光を点滅させながらリージョンは反論。なるほど、意見が真っ向から対立している。
(私も忙しいのだけれど……シェパードの手を煩わせるわけにもいかないわね)
陣頭指揮にあたっている少佐を些事で惑わせたくはない。不本意ながら仲裁役をつとめようと、リアラは腕組みをした。
「ジャヴィック、なぜリージョンを排除すべきと? 彼はリーパーに従うゲスと敵対し、私たちの作戦行動に従っています。味方ですよ」
「ただ一時の協力関係で機械生命体を肯定することはできない。
私がどれだけの数、自ら生み出した機械生命体に裏切られ、滅亡した有機生命体を目にしてきたと思う?
機械生命体は必ず裏切る。これは絶対の真実だ」
『自己保存を優先事項とした場合その事態は起こりうる。
有機生命体も同様。トゥーリアンとサラリアンはクローガンを裏切った』
「そして今は手を携えて協力している。種族によって生来の傾向はあるにしても、個々の主義主張まですべて同じとは限りません」
あなたがプロセアンの科学者、賢者ではないように。
心の中で付け足しながら言うと、聞こえたわけでもなかろうに、ジャヴィックがじろりとこちらを睨んだ。
「このゲスは他のゲスと異なる動きをしている。それが問題だ」
「なぜ? 裏切るに違いないとあなたが信じているからですか?」
「違う。このゲスは……少佐を自らに取り込もうとしている」
……?
言葉の意味をしばらく考えてもよくわからなかった。思わず首をかしげ、
「すみません、どういうことですか。つまり……リージョンがシェパードを洗脳しようとしている? リーパーのように?」
『不可能。我々に有機生命体を洗脳する機能はない。その意思もない。この有機生命体の危惧は起こりえない』
リージョンが再度ライトを点滅させる(不満の表れだろうか)。何を言っているのか、という反応にいら立ったのか、ジャヴィックが鼻を鳴らした。
「この機械生命体は、私に質問してきたのだ。
プロセアンと少佐はどうやって互いの意識同調を行っているのか、その方法はゲスのコンセンサスにおける意思疎通とは異なるのか、と」
「それは……大いに異なるのでは」
コンセンサスの存在は、先ごろのゲスサーバー停止の際に明らかになった存在だ。かねてよりゲスはサーバーを通じて全個体と意思を共有している、と周知の事実だったが、実際に目にしたものはいなかった。
生存本能に従ってリーパーと手を組んだゲスが、クォリアンの農業船を拿捕しようとしていたため、リージョンはそのサーバーへのダイブを提案。
怖いもの知らずの少佐はそれで被害を食い止められるならと即断し、史上初めて、ゲスのコンセンサスへ足を……精神を踏み入れたのだ。
「話を聞いた限りでは、シェパードが認識しやすいように視覚化した世界だったようですが……その中で彼女は唯一の有機生命体で、意識の中にいるといっても同調ができるわけではないのでは?
プロセアン、それに私のようなアサリが、人間と同調するのとは異なるように思います」
『少佐シェパードは我々のようにネットワークを処理できない。想定済み。検証が必要だった』
「検証って……待って、リージョン。あなた、少佐と同調したかったと言ってるの?」
何か容易ならぬことを言っていないか、このゲスは。
ぎょっとして問いかけると、リージョンはせわしなく頭を動かした。
考え込む(思考を処理する、というべきか)間を置いたのち、
『少佐シェパード、我々のコンセンサスに訪れた初めての有機生命体。そのトレースを行っていた。
我々が行う処理とは全く異なる痕跡。予測不能、だがエラーではない。有機生命体の言い方に倣えば‘不快ではない’。興味深い。さらなる検証が必要』
「見ろ、この機械生命体は少佐に興味津々だ!
もしあのままサーバーの中にとどまっていたら、少佐の意識はゲスの中に取り込まれて抜け出せなくなったに違いない。少佐は奴らを信じて精神をゆだねたというのに、これが裏切りでなくて何だというのだ?」
怒りをにじませてジャヴィックが、再度エアロックのスイッチに手を伸ばす。警戒して腰を落とすリージョン。
再び初めのにらみ合いに戻った両者を見比べて、リアラは額に手を当てた。
「なるほど……要するにあなたたちはそれぞれが、少佐を独り占めしたいのですね」
「なんだその解釈は、アサリは頭がおかしくなったのか、私がいつそんなことをいった」『回答不能。我々は新たな命題に対して再検証』
リージョンは自分たちの中に入ってきた少佐にことのほか興味を示しているし、その態度をジャヴィックは少佐への脅威とみなして排除しようとしている……まぁ、この忙しい時に、なんてのんきな言い争い。
リアラは肩をすくめ、くるりと背を向けた。
「私たちの少佐は、それでなくとも忙しいんです、彼女をわずらわせないで。
恋のさや当てはもっと平和な時にしてくださいね、ああ時間の無駄でした」
「だから違うと言っているだろう、アサリ! 勝手な勘違いをしていくな!」
『有機生命体の恋という概念、我々には理解不能。更なる証明を要請する』
有機も機械も夢中にさせる我らの少佐ときたら、なんて罪深い人なの?
すたすた立ち去る背後から抗議の声が上がったが、リアラはもう耳をふさぐことにした。こんなのはお酒を飲みながらじゃないと、とても話できないわ。