悲しみに満ちた一日の終わり、暗号通信の連絡を受けた。相手の情報はなかったが、イリウムの青いバラなどと書かれていれば、想像はつく。
「――やぁ、リアラ。君にしてはずいぶん気取った名前だな」
『以前イリウムで聴いて、美しい響きを気に入りました。あなたならわかると思って』
自宅のセキュリティ強固な端末から指定されたチャンネルにアクセスすると、画面には見慣れたアサリが映し出される。
つい先日、二年の空白を置いて再会した友人の顔を見ると、気持ちがほぐれて自然と肩の力が抜けた。
「暗号通信でわざわざ連絡してきたということは、リーパーに関する情報を見つけでもしたのか」
『いいえ、あなたが私と連絡を取りたがっていると、風のうわさに聞いたものですから。あいにくパラヴェンへ出向く余裕がなくて、ごめんなさい』
「いや、助かる。君が今どこで何をしているのかわからないから、途方に暮れていた」
弱音を吐くとリアラが眉をひそめた。
『――お母様のことも、先ほど聞きました。お気の毒に』
「ありがとう。……最期は家族に見守られて、安らかだったよ」
無意識に喪服の裾を引っ張りながら、つぶやく。
家を飛び出し、父の望む模範的なトゥーリアンにはどうしてもなれなかった息子。それでも病床の母は末期の再会を、心から喜んでくれたようだった。
「この傷跡を見て驚かせてしまったが……言葉を交わすことができてよかった。こんな時代だからこそ、価値のある時間だった」
『ええ、そうですね。どれほど遠く隔てていても、お母様はきっとあなたの事を気にかけていたでしょうから』
語りながら、リアラもまた母を失っていることを思い出して、胸が痛んだ。
ベネジアを腕に抱いて泣いたリアラの心情を思うと、哀れとも共感ともつかない心地になる。
なぜ、命が無情に奪われなければならないのか。
戦場にある時は極力考えないようにしている思いは、こういう時重苦しいほどにのしかかってくる。
『……それで、ギャレス? 私に用事があるというのは?』
重い沈黙を払うためか、リアラが気を取り直して問いかけてきた。ああ、と居住まいをただす。
「母は危篤になってから一進一退の状態が続いていたんだが、それを聞いたある医療施設の職員が気になることをいっていた」
『というと?』
「治療法確立が間に合わず申し訳ない、せっかくコレクターやサーベラスの技術を提供してもらったのに、それを活かしきることが出来なくて悔しい、と」
『……』
す、とリアラの顔からいたわりの笑みが消える。
ポーカーフェイスはシャドウブローカーになってから身に付いたものだ。こうなると彼女が何を考えているのか読めない。
「私は任務の合間、モーディンに頼んで、ひそかにコレクターの組織と金をその施設に寄付した。
褒められた行為でないのは確かだが、有用とわかっているのに諦めることが、どうしてもできなかった」
『ええ、ギャレス。わかります』
「だが、サーベラスについては何も提供していない。
データベースにアクセスできる権限が私にはなかった……ミランダと、制限開放される前のEDIが厳重に管理していたからだ」
『はい』
「では、誰がそんなものを? サーベラスもコレクターも、そこいらの傭兵が容易に接触できるものではない。
まして、研究機関に提供しようなんて善意の第三者は、銀河を探してもそういるものではないだろう」
『……その答えを、あなたはもう察しているのでは?』
リアラの声は優しい。故に、ああやはりそうか、と顔を手で覆った。
「…………どうしてだ。あの人に母のことなど、一言もいっていない」
『困っている人がいたら、手を差し伸べずにはいられない。ましてそれが愛する人ならなおさらでしょうね』
「情報源は君じゃないのか、シャドウブローカー」
「私の前任者が残した端末を、少佐が操作していたのは知っています」
では、あの人は知っていたのだ。
ギャレスの母が難病に苦しんでいたことも。ギャレスがひそかに情報を横流ししていたことも。
「……エクストラネットでは連絡が取れない。少佐が今どうしているのか、君は知っているのか」
低くうめくと、指の隙間から、リアラが溜息をつくのが見えた。
『連合は彼女を自宅監禁しています。
活動内容があまりにも超法規的だったので、扱いかねているのでしょうね。そんなことをしている場合ではないのに』
「君もコンタクトできないのか」
『手を回したいところですが、私はリーパーに対抗する手段を模索することに時間を割かれているのです。もちろん、少佐の苦境を救いたいとは思いますが……』
そうだな、と頷くしかない。
自分とて、専用のタスクフォースが立ち上げられ、トップに据えられてしまった。今日の葬式が久方ぶりの私的な時間で、それ以外は延々、焦燥感にかられながら決戦への準備に追われている。
「……会いたいな」
背もたれに寄りかかり、自分でも聞き取りにくいほど小さな声で囁く。画面の向こうで、リアラもまた頷いた。
『よかれあしかれ、こんな状態はいつまでも続きません。近いうちにきっと、シェパード少佐は最前線へ向かうでしょう。
その時のために、私たちが今できることをしなければ、ギャレス』
「ああ……わかってる」
わかってる、と繰り返したギャレスは、多忙の中連絡をくれたリアラに礼を言って、通信を切った。
ぎし、と背もたれの音を鳴らして天井を仰ぐ。
(そばにいない時も、ずっとあなたを感じている。あなたは、どうだろうか。私の事など、忘れてしまっただろうか)
光年の距離と、がんじがらめになってしまったお互いの立場が、つらい。
少佐を母へ紹介したかったのに、と思った瞬間、涙があふれて硬質な皮膚の上を伝い落ちる。
「……会いたいです、少佐」
小さくつぶやいて目を閉じる。答えはまだ、ない。