ある日の白都ジムにて、選手たちの会話。
「よう、久しぶりだな。怪我の具合はどうだ」
「まぁまぁだな。次の試合には何とか間に合いそうだ。そっちはどうよ」
「俺ぁ万全よ。今度勝てば三十位以内に食い込めるから、気合い入れねぇとな」
「おう、頑張れよ。ああ、さっきキャットにマウスピースの予備もらったから、やるよ」
「サンキュー。ちょうど切らしてたんだよな」
「ほらよ。さて、ストレッチからやるかっと」
「……そういえばよ、さっき、思ったんだけどよぉ」
「ん? 何だ?」
「久しぶりだからか分からないが……なんか最近のキャット、変わった気がしないか?」
「変わった? どこが」
「どこがって具体的に言いにくいんだけどよ、こう、雰囲気っつーか」
「そりゃ、トレーナーが板についてきたからじゃねぇか?
わりとこまめに気が利くし……あー、でも言われてみりゃ、前より話しやすくはなったな」
「選手やってた時はあいつ、一人でいること多かったしな。
それもそうなんだが……こう……あれだ、なんか色気感じるっつーか」
「お? 何だおまえ、あいつにほの字か」
「ち、ちげーよっ、俺は彼女いるからな!
……でもよ、さっきキャットが上着脱いだ時、何かどきっとしたんだよな。
シャツ着てっから、裸になったわけでもないのに」
「はーん。そういうのなら、確かにな。
ちょっと女らしくなったつーか、エロい雰囲気感じる時はあるかもな」
「……おっさんは表現がダイレクトだな……」
「あれだ、男でも出来たんじゃねぇか。男いると、女は雰囲気変わるしな」
「まぁ、これだけ野郎に囲まれてたら、誰か手を出してもおかしくは……ってうわっ勇利!?」
「うおびびった! 音もなく後ろに立つな!」
「……使わないのなら、場所を空けてくれ」
「あ、ああ、悪い悪い」
「…………」
「シャル。これを着ろ」
「へ? 何だよ、いきなり。……パーカー?」
唐突に差し出された袋から出してみると、それは白地に黒のアクセントが入ったパーカーだった。
手にした途端、思いがけない軽さと、肌にふわりと纏うような柔らかい感触がして、
「……いや、何だこれ。めちゃくちゃ高そうな感じするんだけど。
……吸水性、速乾性、UVカットに優れた、形態安定の新素材って、ほんとに何だよこれ!
これマジで高い奴だよな!? もらう理由ないぞ!?」
勇利が裕福なのは承知しているが、それに甘えるつもりはない。
理由のない贈り物は困る、と声をあげたら、
「お前が着ないなら捨てる。俺が着れるものではないからな」
あっさりそう言うので、
(うっ……そりゃ、勇利にはサイズ合わないだろうけど……)
ここで断れば、本気で捨てるだろうというのは容易に想像が出来て、突っ返しにくくなってしまった。
結局しぶしぶ受け取り、袖を通してみれば、軽々と体をおおって着心地がよく、気持ちがいい。
勇利は普段贅沢をしない分、体調管理やトレーニングに関わるものには、金に糸目をつけない。
これもその審美眼で選ばれたものなのだろうが、
(急にこんなもの渡されるの困るな……)
何となく居心地悪くて、ごそごそ肩を直していたら、
「…………」
「わっ」
勇利が裾を持って、ジャッと首元までジップアップして、
「……いつもこれを着ていろ。人前で脱ぐな」
じっと目を見つめて念を押してきたので、
「う、うん……はい……」
迫力に押されて頷かざるを得なかった。
(何か時々、勇利って変な事するよな。意味わからない……)