博徒

 今日のあがりを持ってきた胴元が言う。あのガキ、まだ残って役にも立たない練習をするつもりらしいですよ、と。
 儲けにならないボクサーはお呼びではない。早いところお払い箱にしましょうとお決まりの文句を言う男を見送った後、紙のリストに目を落とす。
 金額順に並んだリスト、その一番下。
 いや、今日は珍しく最下位ではない。多少のボトムアップはしたらしい。それで少しは意気が上がったか、と小さく笑って書類を机に投げた。
 背もたれによりかかり、煙草を吸いながら天井を見上げる。
 あのガキがここにきたのは何時からか。幼い虚勢を張る無知な子供は、それなりに成長し、暗い目で自分の前に現れた。
『俺をあんたのリングに立たせてくれ』
 そう言いだしたのは何の冗談かと鼻で笑うも、ほどなく決意が揺るがないと悟った。そして呆れた。
 多少の技術を身に着けたところで、筋肉がつきそうもないひょろひょろとした体格。おまけに自暴自棄の喧嘩っ早さで、自分の始末もつけられないような面倒を引き起こすのであれば、早晩リングが墓場になるだろう。
 八百長を仕掛けようにも、弱すぎて話にもならない。
 見入りがない。義理も愛着も何もない。
 命を惜しまない向こう見ずな子ども一人、どうなったところで自分には関係ない。
 ないない尽くしのくせに、よくも地下に足を踏み入れようと思ったものだと嘆息した。
 そして言った。
『好きにしろ。俺のルールに従うのならな』
 ふー、と白煙を口から漏らす。言葉を尽くせば諦めさせる事も出来ただろうが、結局二つ返事で受けた。
 後は胴元に任せたのでいちいち細かに追ってはいないが、あまりにも使い物にならないから、愚痴の形で耳に入ってくるようになった。
(てめぇで死にたがってる奴を拾い上げてやる義理なんざ、ないからな)
 このままジャンクボクサーに仲間入りしようが、知った事じゃない。
 あれはもうガキじゃない。男がてめぇで選んだ道なら、それもありだろう。
 そう思ったところで、
『無くしたものを取り戻したいわけじゃない。今あるものを守りたいだけだ』
 ふらりと帰ってきた野良犬の言葉を思い出して、目を細めた。
 グラス越しに見た男は以前の精悍さも見る影なく落ちぶれて、それでもまだ、目の光を失ってはいないようだった。
「……好きにしろ」
 ふと独り言をこぼし、灰皿に火を押し付けて立ち上がる。
 才能のないガキはまだ、無為なあがきを続けてリングにしがみついているらしい。
 それなら今日、気が向いたから引導を渡してやってもいい。あるいは金漬けにしても。
 そう思いながらゆっくりと歩き出す。
 さて、賭けの目はどちらに出るかな。