「バーガー食いたい……」
トレーニングの合間の食事時間、ぼそっと零れた呟き。
勇利が目線を上げると、彼の前に座った女がプレートをフォークでこすっている。その中身は、ようやく半分減ったところか。
「……ここの飯が気に入らないのか?」
そうなら、それは贅沢というものだ。
ここ、白都コンツェルン本社の食堂は、認可地区でも指折りのレストランだ。
高品質の内容相応に値段は張るが、社員はもちろん一般客にも開放していて、星がつくほど評判がいい。
そして勇利をはじめとした白都お抱えのボクサーは、栄養管理士の緻密な指導のもと、その時の状態に合わせて一人一人、異なるメニューになっている。
今日の勇利は、大皿に盛られた豚肉入りサラダ。
対する女は鶏むね肉をふんだんに使用した、たんぱく質重視のボリューミーな内容だ。
「気に入らないっていうか……味付けが上品すぎて合わないな。味薄くて物足りないのに、やたら量も多いし」
げんなりした顔で、彼女は肉のソテーをかみ砕いた。
「諦めろ。お前は体重と筋肉を増やすためのメニューだ」
「それは分かってるよ……。
で、あんたはサラダだけ? 女じゃあるまいし、ほとんど草だけで足りるのか」
「試合が近い。減量中だ」
「減量ね」
食べるのに飽きたのか、女は椅子の背もたれに肘を乗せ、一方の手でフォークをぶらぶらと揺らす。
「そうはいっても、メガロボクスだろ?
普通のボクシングと違って、ギアがあるから階級はないし、無理な減量する必要ないのに」
ギアの有用性だけで言えば、それもあながち間違いではない。だが、勇利は小さく首を振った。
「素人考えだな。ギアに頼る奴は、強くなれない」
「……うわぁ、チャンプが言うと言葉の重みが違う……。
分かったよ、ちゃんと出されたもの食べる。元から残す気はないけどさ」
一本取られたというように両手を上げた女は、渋々ながら食事を再開した。
しばらく無言のまま、食器が鳴る音だけが空間を占め、互いの皿がほとんど空になった頃。
「……でも、そうだよな。あんたのギアは一体型だから、急に太ったり痩せたりしたら、悪影響出そうだよな」
それまで話をしていたかのように、女が続きを始める。
食べている間、ギアと食事の関係を考え込んでいたのだろうか。
真面目なのか、不真面目なのかと思いながら、勇利は肩をすくめた。服の下で、機械音がかすかに鳴る。
「このギアもまだ、調整に調整を重ねている。
俺が不用意な事をすれば、それまで積み上げたデータが全て台無しになりかねないからな」
それに、と食後のフレッシュジュースに口をつける。
「肥満でリングに上がれなくなるヘマは、したくない」
「はは、あんたが太ったところなんて想像つかないな。もしそうなっても案外、人気が出るかも」
「その前に、オーナーから首を切られるだろう」
「それは確かに」
同じようにジュースを飲む女は、そういえば、と何かを思い出したように呟いた。机に頬杖をつき、
「なぁ、勇利。あんた、面倒だと思ったりしないのか」
「何をだ」
「こういうの、全部」
そういってこちらへ人差し指を向ける――正確には、一体型ギアに。
「あんたは今、キング・オブ・キングスとしてメガロボクスの頂点に立ってる。
でも何か、余計なしがらみが多そうだなって思ってさ」
「しがらみ?」
「ああ。
……この間たまたま、白都のお嬢さんと話したんだけどさ。
あんたの事『財産』って。物みたいな言い方してたよ」
「――それは事実だ」
コン、とコップを机に置いて、勇利は淡々と答えた。
「俺がメガロボクスをやれるのは、白都が提供する
それに感謝こそすれ、不満を言う筋合いはないだろう」
「言う筋合いがないって事は、不満はあるのか」
「仮にあったとしても、お前には関係ない」
彼女が自分に対して過分な好意を持っているのは理解しているが、ぶしつけに踏み込まれるのを許したつもりはない。
ぴしゃりと言い放つと、女は言葉に詰まった後、
「……まぁ、そうだけどさ」
叱られた子どものようにバツの悪い顔になって、頭をかいた。
「悪い、立ち入りすぎた。
テレビで見てた時は、あんたが
実際はわりと不自由なんだなって、意外だったんだ」
どうやらファンの心証を損ねたらしい。
勇利はふ、と笑い、
「現実はこんなものだ。幻滅しただろう」
揶揄交じりに告げた。が、
「まさか。あんたはいつも、どんな時でも、世界で一番かっこいいよ」
ガチャンッ。
つらっと何でもない事のように言われ、思わずコップをプレートにぶつけてしまった。ん? と向けられた視線を避け、
「……そういうのは、そろそろやめろ」
勇利は額に手を当てて、ため息交じりに呻いた。
……この女が思い描く完全無欠のヒーロー像は、どうやったら壊せるのだろうか。
話していると時折、頭が痛くなる気がする……。