きっと君には敵わない

 アリーナの探索を終えて、一息ついた午後。
「ランサー、やきそばパン美味しいよー、幸せー、だいすきー」
 そういいながらもぐもぐ頬張るマスターはリスっぽくて、何とも微笑ましい。そりゃよかったな、と俺はその頭を撫でてやった。
「今日はかなりがんばったからな、美味さもひとしおだろ。なんなら、もういっこ食うか? マスター」
「もういっこ……うーん、魅力的だけど、食べ過ぎかも」
 むむ、と眉間に可愛いしわが寄る。女の子らしくカロリーのとりすぎを気にしているらしい。
「気にするこたねぇって、マスター。セラフの中じゃ肉体的な変化はないんだぜ。たとえ山のようにやきそばパン食ったって、このほそっこいウエストは一ミリも増えねぇよ」
 そういってぽんぽん、と軽く腰を叩くと、
「そっかーなら、いっちゃおうかなー……」
 一転、きらきら輝く目を購買へ向けるマスター。顔赤らめて可愛いもんだと、ほのぼの眺めてたら、
「……ランサーのマスター。一つ、聞きたい事があるのだが」
 耳障りな男の声が割って入ってきた。
 何だよ、俺とマスターの至福の時を邪魔すんじゃねぇよ、とあからさまに嫌そうな顔をするこっちは無視。テーブルの向かいに座った赤い弓兵は、俺に負けず劣らず難しい表情で、マスターを見ている。
「ん? ふぁに、アーチャー」
 やきそばパンを頬張りながら首を傾げるマスター。それに対してアーチャーは、
「……なぜ君は、ランサーの膝の上で食事をとっているのだ……?」
 聞いておきながら理解したくない、と言う様子で、おそるおそる尋ねてきた。
「何でって……」
 改めて問われたマスターは俺を見上げる。
 華奢な体は膝の上に乗せても羽毛のように軽く、それでいて柔らかくて抱き心地が良い。まぁこっちは筋肉でがちがちの体だから、マスターは座り心地良くないかもしれないが。
「……いつもこうしてるけど」
 マスターの返答は、それがいかにも自然な事だと言いたげだ。バカな、とアーチャーが口を曲げる。
「では君は食事のたびに、自分のサーヴァントの膝に乗るというのか」
「うん、そうだよ。なんで?」
「なん……。……」
 お。マスターが直球で返したもんだから、アーチャーのやつ言葉を失ってやがる。
 少し黙った後、マスターでは話にならないとばかりにこっちへガンをとばしてきた。
「ランサー、貴様どういうつもりだ? なぜ、そのような醜態を晒す」
「醜態とは聞き捨てならねぇなぁ」
 相変わらず、頭の固い英霊様だな、こいつは。俺は肩をすくめ、マスターの体を支える腕を組み直す。
「マスターとサーヴァントの仲睦まじい光景じゃねぇか。微笑ましくって心和むだろ?」
「邪さしか見受けられないのだが。制服の少女を侍らせていると、なかなかに犯罪者っぽいぞ、貴様」
「本人同士が同意してんだからいいじゃねぇか」
「どうだか。貴様の事だ、言葉巧みに言いくるめて、彼女をいいように使ってるんじゃないのか」
「んな事いったって、俺が強要してるわけじゃねぇぞ」
 ただ一回冗談半分で、『マスター、俺の隣より、こっちに来ないか?』と膝を叩いてみせただけだ。まぁ、それで迷いもなくよじ登られた日には、俺もさすがにびびったが。
「……ランサーのマスター。君には恥じらいや危機感というものが無いのか」
 頭痛をこらえるようにアーチャーが額に拳を当てて呻く。再度尋ねられたマスターは、ナプキンで手についた油を拭いながら、にっこり笑った。
「なんで? ランサーとこうしてると、すごく落ち着くよ。なんなら、アーチャーもやってみる?」
「「断る」」
 双方とも、返事は速攻。何が哀しくて、俺が膝に男を抱えなきゃならないんだよマスター、勘弁してくれよ……。

 そんな話をしている内に、奴のマスターの買い物が済んだので、邪魔者はいなくなった。
「しかし、まぁ……あいつの言う事にも、一理あるな」
「なぁに、ランサー」
 買い足してきたやきそばパンのラップをはがすマスターは相変わらず幸せそうで、ここが戦場だって事を忘れそうなくらい可愛い。のはいいんだが、
「マスターはもうちょい、危機感って奴を覚えてもいいよなと思ってな」
 毎回これだけ密着した状態で飯食って、夜も抱えて寝てるってのに、全くもって男を意識されないってのも、なかなか悲しい状況だ。あれか、マスターは俺を抱き枕か何かと思ってるのか。
「なぁ、マスター。言っとくが、俺以外の男にこんな事させんなよ」
 この調子じゃ、アーチャーがよしといえば、奴の膝にものっかりかねない。念のため言い聞かせると、あーんと口をあけたマスターが動きを止めた。大好物から俺に顔を向け、首を傾げる。
「何で?」
「何でってそりゃぁ、」
「ランサー以外の人にはしないよ。ランサーじゃなきゃ嫌だもん、私」
「………………」
 小首を傾げて、無邪気そのものの笑顔で言い切られ、俺は不覚にも息を止めてしまった。
 ……なんだ。その。
 そうまで真っ向から信用されると、手がますます出せねぇっていうか。
 そのくせ、抱きつぶしてやりたいくらい燃えてくるっていうか。
「あー……うん。そうか、分かった。なら、いいや」
 猛るんだか萎えるんだかよく分からない、くすぐったい気分で、俺は苦笑してマスターを抱え直した。
 俺は本来、気の強い女が好きなんだが……このマスターは天然すぎて、時々その言動が、ゲイ・ボルクがごとき破壊力がある。
 全く、どうしたもんか困っちまうな――わりと、本気でよ。