○○○○ゲーム

 どうしてこうなった。
「ほらアーチャー、早く!」
「女に恥かかせる気ー!?」
「くっ、やめないかっ……!」
 無責任なヤジに押され、アーチャーは全力で抵抗したにも関わらず、床に座らされた。その前で正座して彼を見上げているのは、
「アーチャー、早く。嫌でもやらなきゃ、このまま収まらないよ」
 苦笑混じりにポッキーを取り出した彼のマスターだ。脇でその箱を差し出していた凛は、すっかり酔いが回った真っ赤な顔で、
「王様ゲーム、三番と五番がポッキーゲーーーームっ!! ポッキー、ポッキー、ポッキー!!」
 などとあおり立て、同じく酔っぱらったそのほかの面子も、ポッキーポッキーと大合唱を始めてしまう。ええいこのオオトラどもが!
「君までこんな茶番につき合う必要などないのだぞ」
 気の優しい彼女の事だ、こうまで騒ぎ立てられては引くことも出来まい。それならば自分がこの場から離脱しようとしたアーチャーだが、
「うふふ、駄目ですよぉ、アーチャーさん。王様の言うことはぁ、ちゃんと聞かなきゃ」
 妙に艶めかしい声が背後から響き、
「なっ!?」
 びゅるり、と黒い帯のようなものがいきなりまとわりついてきて、体をその場に釘付けにしてしまった。英霊さえ捕らえて離さないそれは、汚染された聖杯と繋がる器から生まれいでた、闇の触手。恐ろしくて振り向けないが、今彼の後ろにいる桜は、裾の長い漆黒のドレスをまとって微笑んでいるのではないか。
「お、おい、悪ふざけはよせ!!」
 ぞっとしながら、両腕ごと体を拘束されたアーチャーは怒鳴るが、相手は意に介さない。うふふふふ、と地の底を這うような笑い声を漏らしながら、
「ほら、皆しらけちゃうじゃないですか。早く命令に従って下さいよぉ」
 そんな事を言う。どんな表情で言ったのかは知らないが、アーチャー越しにそれを目にした彼女が、一気に青ざめて、
「は、はい! 今すぐやらせていただきます!!」
 おびえた口調で宣言したところを見ると、やはり振り返らない方がいいらしい。いや、そんな事よりも、
「アーチャー、……ん」
「うっ……」
 ポッキーの持ち手部分をくわえた彼女に目で促され、アーチャーは進退窮まった。かぁぁぁ、と勝手に顔が熱くなり、汗が吹き出してくる。
(待て、待て待て待て、私が彼女とポッキーゲームなど、そんな事出来るものか)
 嫌いというわけではない、むしろ憎からず思っているからこそ、この状況は困る。
 戦いの最中、彼女を庇うために抱き寄せたり、腕に抱えたり等々のスキンシップはあるが、それはあくまで緊急事態だからで、こんな、まかり間違えば、せ、接触をしてしまいかねないような遊戯など、
「早くしてください、じれったいなぁ」
「うぐっ!」
 がちんと硬直するアーチャーに痺れを切らし、桜がその体を操る。ぐいっと前のめりにさせられ、勢い余って顔に刺さりそうになったポッキーを、思わず口を開けてくわえてしまう。
「っ!」
「おおー、アーチャーやるぅ、一気に半分いった!」
 奥に刺さる勢いのせいで、ポッキーの大半が口の中に入ってしまった。その分、すぐ目の前に彼女の顔が迫り、今にもぶつかりそうだ。
(ま、待て、本当に待てーーーー!!)
 さらに体温が上がり、らしくなくパニック状態に陥ってしまう。今や、まつげの一本一本さえ数えられそうな程間近に少女の顔がある。ほのかに漂う甘い芳香が鼻をくすぐり、驚いて見開いた黒い瞳には、自分だけが映し出されている。その柔らかそうな白い頬にぱぁ、と血の気が上り、彼女は慌てたように視線をさまよわせた。
「……、う……」
 このまま近づくのが嫌なら、早々にポッキーを折ってしまえばいいものを、どうやら彼女も混乱しているのか、硬直して進退窮まってしまったようだ。前にも後にも引けず、ポッキーをくわえたまま、ただ狼狽えるだけだ。
(ならば、私が終わらせればいい)
 相手が慌てているのを見てかえって冷静さを取り戻し、アーチャーはちらりと視線を下げた。
 よし、体は身動き叶わないほどがんじがらめにされているが、首から上は無事だ。顔を振って、ポッキーを折るくらい問題ないだろう。そう思い、アーチャーは薄く口を開けて歯を立て、ぱきんと折るーーいや、折ろうとした。が、
「?」
 不意に暖かいものが頬を覆った。それが少女の手だ、と気づいた次の瞬間、

 口の中でパキパキ、とポッキーが砕け、チョコの味がする柔らかい唇がアーチャーのそれに重なり合った。

「…………」
 周囲が何か騒いでいる、なにやら満足そうな声と共に黒い影がはがれ落ちて体が自由になる、しかしアーチャーは目の前の少女の姿しか認識できない。
(……どうしてこうなった?)
 蝶が宿るようにふわりと、ほんの一瞬触れた温もりは、儚く離れ消える。未だ事態が理解できずにぼんやりしていると、彼女は口中の菓子をもぐもぐ食べ終え、
「……えっと……お、おいしいね? アーチャー」
 照れ隠しなのか何なのか、えへへ、と笑ってみせる。しかし、アーチャーの眼差しを避けて背けたその顔、その耳まで真っ赤に染まっていて、いかにも恥ずかしくてたまらない、と言いたげで、あまりにも愛らしかったので、
「……これは」
「え?」
「これは食べてしまっても構わんのだろう?」
「えっ、えっ、えっ?」
 アーチャーは思わず少女を抱き上げ、すっくと立ち上がっていた。
「おー構わん構わん、いっちゃえアーチャー!」
「女の子には優しくしてくださいねぇ、うふふ」
「うむ。問題ない」
「え、ちょ、皆助けてーー!?」
 そうして皆の温かい声援を背に、颯爽とその場を後にする。盛り上がる女性陣を避けて隅で飲んでいた士郎が「……あいつ、キャラ変わってないか……?」とツッコミを入れたのだが、耳を貸すものはもちろん誰もいないのだった。