槍兵と死にたがりの主(FateEXTRA 槍女主)

 その呼びかけはあまりにも小さく、あまりにも脆弱だった。  か細く、生気に乏しいそれを、もし己の意思で拾い上げるか否かを選べと言われたら、彼は無視していただろう。  だが、彼を組み込んだシステムはそれを許さない。呼びかけが、召喚のシークエンスが起動されれば、問答無用で彼を駒として盤上に配置する。  ゆえに、眼前に現れた色鮮やかなステンドグラスを粉みじんに砕き、ランサーは跳んだ。  真っ暗な空間は膨大な情報を圧縮した青い海へと切り替わり、円い舞台には累々と横たわる人の姿が見える。戦いが始まる前に敗北を喫したマスター候補の躯、その中に一人、まだ虫の息で這いずる女がある。 「よう、あんたが俺のマスターか。ひでぇ有様だな」  その前にトッ、と着地して、ランサーは肩越しに後ろを見やった。全身が切り裂かれ、電子の骨をあらわに横たわるその少女は、荒い息をつきながらランサーを見上げる。  誰、と問いかけの言葉が聞こえた気がしたが、それが先ほど耳にした憐れみを誘うような声と同じだったので、ランサーは唇をゆがめた。 「この俺が誰だって? そりゃあんたの……ッ!」  お喋りに興じる間を、しかしSE.RA.PHは見逃してはくれないようだ。不意に前方からエネミーが襲い掛かってきて、その触手を勢いよくランサーの眼前まで伸ばしてくる。  黒く塗りこめた呪いのようなそれを、ランサーは赤い槍で弾き飛ばし、返す刀ですぱん、と切り払った。プログラムされたエネミーが痛みを感じる道理もないが、一部を排除されてひるみ、動きが止まる。 「ハァァァァ!!」  それを見逃すはずがない。一足飛びにエネミーへ突進し、ランサーは神速の槍を幾重にもふるった。先ほどまで多くのマスターを屠っていただろうエネミーは、まるで紙のごとくあっさりと粉々に切り裂かれ、雲散霧消する。 「……ちっ、歯ごたえのねぇやつだ」  影形もなく消え失せたエネミーに舌打ちする。せっかくこの世界に実体化したというのに、初戦がこれでは面白みもあったものではない。いくら選別のためとはいえ、もう少し強いエネミーを配置してもいいんじゃないかあの神父、と不満を抱きながら、ランサーは改めて背後へ向き直った。  どうやらこれが最後の候補者だったらしい。直前までごろごろと転がっていたアバター達は綺麗に消え去り、舞台には一人だけ残されていた。  戦いが勝利に終わった為か、負っていた傷は全て綺麗に修復され、少女が茫然とした表情でぺたんと座り込んでいる。これが俺のマスターか、と歩み寄りながらランサーは仔細に観察した。  学校を模した月の聖杯戦争。その参加資格に年齢制限は無いので、マスターは幼子であろうと老人であろうと不思議ではない。  だが、ランサーのマスターはちょうど、学校に通っていそうな年頃の少女のようだ。  一見して、凡庸。没個性な学生服を身にまとっているからか、いや、もし彼女が派手な私服を身に着けたとして、それでも顔の印象は残らなさそうな、平々凡々とした容姿。  つながった経路から流れてくる魔力も微弱で、魔術師としての力量も実に低い。  それに、エネミーはとうに消滅しているというのに、まだのんきに正気を失って座り込んでいるところを見ると、戦い方ひとつ知らないようだ。  ランサーは獣のようだと称される鋭い目を細めて嘆息した。 (全く、どうあっても俺は貧乏くじを引きやすいらしいな。幸運の女神はいつになったら俺に惚れてくれるのかね)  聞こえた声から、自分の期待に沿うような主人ではなさそうだと覚悟してはいたが、期待外れもいいところだ。  ランサーはがっかりしながらも、まぁそれも運命だと早々に諦めた。どんな状況であれ、とりあえず現状を受け入れてやれる事をやるのがランサーの信条だ。だから彼女の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んで笑う。 「よう、マスター。俺があんたのサーヴァントだ。どうにも頼りないマスターみてぇだが、ま、やれるとこまでやってみようや」 「…………」  呆けていた少女が、ランサーに視線を合わせる。焦点の合わないその眼差しを真っ向から受けて、ランサーは眉根を寄せた。戦いで死にかけた衝撃かと思ったが、彼女はまるで生気を感じさせない、うつろな目をしている。ゆらり、と首をかしげて、少女は小さく唇を動かした。細い声がそこから漏れたのを聞きのがし、 「あ? 何だって?」  ランサーが身を乗り出すと、少女はもう一度、か細い声音で言葉を発した――わたしは、だれ? と。