鬼か悪魔かひとでなし

「そういえばこの間、気づいた事があるんだがな」
「ん? なに、相馬」
 秋晴れの心地よい日差しが降り注ぐある日、絶好の禊日和だ! とやってきた禊場の石門をくぐったところで、相馬がふと思い出したように口を開いた。
 どうせまた、木綿殿はいつも明るく笑っていて健気だなお前も見習え、とかそういう話だろうと思って、片足を上げて靴を脱ぎながら生返事をしたら、
「俺はお前の事が好きなのかもしれん」
 ガタタタッ!!
 とつぜん爆弾発言を投げつけられたので、そのまま簀の子の上ですっころんでしまった。
 は、はぁ!? と勢いよく起き上がる。
「い、いきなり何言ってるの!? って、あ、あーあー、うん仲間ね、仲間として好きって言ったんだよね今」
 不意打ちだったとはいえ、びっくりしすぎた。
 この男がそんな色っぽい話を振ってくるわけがない、これじゃ自意識過剰で恥ずかしい人じゃないか、と慌てて言い繕ったけど、
「いや、普通に女として好きなんだろうと思う」
 相馬はあっさり言って、助け起こそうというように手を差し伸べてくる。金砕棒の柄でこすれて固くしまった掌と、普段通りの顔を見比べた私は、
「意味が、ちょっと意味が分からないです何言ってんですか、さっきの任務で頭ぶん殴られておかしくなってるんですか」
 すざざっと後ずさって自分でよろりと立ち上がった。思い切り打った膝頭が痛むけど、今はそれどころじゃない。胸に襦袢をぎゅっと抱きしめて、半眼になって睨み付けてしまう。
「息吹ならいつもそういう事言ってるから聞き流せるけど、相馬が言うと悪い冗談にしか聞こえないからやめてくれないかな」
「おい、どういう意味だ。俺がお前を好きだと言ったら、どうして悪い冗談扱いされる」
「ど、どうしてって、普段あれだけ木綿殿、木綿殿って大人げなく騒ぎまくって、一応乙女の家に夜遅く押しかけてきて酒盛りした挙句、片付けもしないでさっそうと帰っていった奴の告白なんて、どうやったらまともに受け取れるのか教えてほしい!」
 息継ぎなしで一気に言い放つと、相馬は目を丸くした後、そうか、と腕を組んだ。
「要するにお前は俺に女扱いされないのが不満だと、そういうことか」
「違うそうじゃない、いやそれもなくもないけど、相馬全然わかってない!」
 何だこの空気読めない男は、頭がくらくらしてきた。
 そりゃあ女だてらにモノノフなんてやってるからには、普通の女性より淑やかさとか色気なんてものはない。
 そのせいか、仲良くなる異性とはいつも、俺たち仲間だよな! という男友達的なノリになるけど、私だって恋の一つや二つはしてみたいと夢見る普通の女の子だ。
 もしかっこいい男の人に告白されたら、と想像してドキドキする事もあるし、桜花たちとこっそり恋愛話で盛り上がる事だってある。(とはいえ皆も経験が少ないんだけど……)
 色々考えては、いつか素敵な人と素敵な恋が出来たら、と思っていたのに――何が悲しくて、禊をする前、あっちょっと思い出したわーみたいな軽いノリで言われなきゃいけないのか、ろまんすが全然ないじゃないか!
「お前が何を言いたいのか、俺にはさっぱりわからん。
 ちゃんと説明してくれないか」
 絶句するこちらに相馬は、いかにもちんぷんかんぷん、という顔で言ってくる。ほ、本当にわかってないんだ……駄目だこいつ、何とかしないと。
「あ、あのね、相馬。そんなついでみたいに言われたら、普通本気だと思わないよ。冗談にしても質悪いし、本気なら本気で、ちゃんと時と場所を選んで言うべきでしょうが」
 仮にも私を好きだと言ってくれてる人に、何でこんな事をいちいち説明しなきゃいけないのか……。嘆息しながら答えたら、相馬はぽん、と手を打った。
「ああそうだな。すまん、思いだしたらすぐ口について出てな。じゃあやり直すか」
「え」
 いきなり両腕をがしっと掴まれて、持っていた襦袢が相馬の分も私のもばさっと落ちる。逃げられない強さで私を捕えた相馬は、正面からじっとこちらをまっすぐに見つめて、
「俺はお前が好きだ。お前が息吹や速鳥たちと楽しそうにしていると妬けるし、お前と一緒に戦っていると、血がたぎって仕方ない。こんな風になるのは、後にも先にもお前だけだ。
 俺はお前の強さが好きだ。お前の優しさが好きだ。お前の顔が好きだ。お前の笑い声が好きだ。お前の――」
「ちょ……ちょ、ちょ、ちょっと、待ったやめて本当にやめて!!!!」
 立て板に水、滝のような勢いで恥ずかしい言葉を浴びせかけられ、私は思わず叫んでじたばた暴れてしまった。
 冗談でも言っていい事と悪い事があるとさっきまで憤慨してたけど、たとえ本気だろうとそんな風に真っ向からまくしたてられると、なんか、なんかもう……!
「おい大丈夫か? 顔が真っ赤になってるぞ。……ははぁ、お前今照れてるのか? 何だ、このくらいで恥ずかしがるとは、案外可愛いところがあるんだな」
 私の顔を覗き込んで、相馬がいかにも楽しそうに目を細めて笑う。その余裕の顔が、なんだか、とにかく、すごく無性に腹が立つ!!
「うるさいもうっ、相馬のあほーーーっ!!」
 その後、私が禊場にも任務にも誘わないで逃げ回っていたら、相馬が本気を出して、私が好きって言うまでとことん追いまわして、めちゃくちゃ迫ってきたのは、別の話です……イツクサの英雄、怖い。