いちゃいちゃ小ネタ

【はぐはぐ】(速鳥)

 天狐を抱っこして、思う存分もふもふしていたら、強い視線を感じた。何事かと顔をあげたら、いつの間に入ってきたのか、家の入口に立った速鳥が穴も開きそうなほどこちらを凝視している。
「あー……えーっと、何か用? 速鳥」
「……キュイ、キュイッキュー」
「いや、先に天吉に話しかけるのやめてくれるかな……」
 忍びの青年が無類の天狐好きなのはとうに承知している。だからといって勝手に家に入ってきたり、今にも天狐にとびかかろうと身構えるのは勘弁してほしいのだが。やれやれとため息をついて天狐を両手で抱き上げ、速鳥の方へ向きを変える。
「ほら、抱っこくらいならさせてあげるから、落ち着いて」
「……かたじけない」
 普段はあまり接触を好まない速鳥も、天狐の事になると話は別らしい。何の躊躇もなくずかずかと上がってくると、正面に膝をつき、細い目をきらきらと輝かせて手を伸ばし、
 がばっ。
 天狐ごとこちらを抱きしめてきたので、思考が停止した。
「もふもふ……もふもふだ……」
 速鳥の陶酔したささやき声が耳元に吹き込まれる。ぞわっと、寒気なのか羞恥なのかよくわからないものが背中をかけ上り、
「ば、馬鹿! 私はもふもふじゃないから、離せっ!」
 思わず頭突きをかましてしまったのは、仕方ない事だと思う。それでもがっちり背中に手を回されて、逃げられなかったけれど。

【ムスヒテ】(富嶽)

「だーっ、てめぇは何なんだ! 人を見るなり、毎度毎度飛びついてくるんじゃねぇ!」
 爽やかな秋晴れの朝、日課の走り込みなどを終えた富嶽は、これもまた日課となってしまった隊長の飛びつきにいい加減しびれを切らして声を張り上げた。
 いつも見つからないようにと家の傍を通らないようにしているのに、なぜかいつもこちらを見つけて抱き付いてくる隊長は、富嶽の背中にしがみついたまま、
「あずまじゃこれが朝の挨拶なんだよーそんなに怒らなくてもいいじゃない、実害があるわけじゃないし」
 などと言い放つので、嘘つくなと背中からべりっと引きはがした。
 もしそれが本当なら他の者も同じ目にあってるだろうが、息吹や速鳥など男性陣はもちろん、女性陣ですら、隊長の抱擁癖の被害に見舞われてはいない。
「俺はべたべたされるのが嫌いなんだよ。それにこっちは体を動かして汗だくなんだ、気持ち悪いだろ」
 一応、鍛錬を終えた後は出来るだけ汗をぬぐってはいるが、若い女なら敬遠しそうなむさ苦しい臭いを放っているのは自覚している。
 だから隊長に見つかるまいと足早に自宅へ向かっているのに、こっちの気も知らないでこの女は。イライラしながら言い放つと、隊長は小首を傾げて、
「別に気持ち悪くはないけど……富嶽、くっつかれるの嫌?」
 ふと不安そうな表情で問いかけてくる。それがいかにも心細そうだったので、富嶽は一瞬返答に窮した。
(ここで強くいっときゃ、二度と同じ事をしねぇだろう。……のは、間違いねぇんだが)
 そういえば昔、ちびすけにも同じことを言って、同じ顔をさせた気がする。頼るものを無くしたような、途方に暮れた表情に胸をつかれて、あの時は結局受け入れる事にしたのだけれど。
(いや、ちびすけとこいつじゃ、色々違いすぎる)
 あっちは子供、こっちは、ガキといえばガキだが、無駄にあちこち成長している。
 息吹ほど女好きでないとはいえ、富嶽とて健全な男だ。どうでもいい相手なら振り払うだけだが、そうでない女が相手となると――
「とにかく、抱き付くのはやめろ。嫁入り前の女がはしたねぇ」
 もやもやとこみ上げてくる何かを苦く噛みしめながら、富嶽は唸った。
 やっぱり駄目なのか、としょんぼり俯く隊長を見下ろし、がりがりと頭をかき、空を見上げ、太いため息をもらした後、
「……手ェつなぐくらいならしてやるから。それで我慢しろ」
 彼女の前へ手を差し出した。えっ、と隊長が顔を上げてこちらを見つめた。
「……いいの?」
 まるで、確かめたらすぐ撤回されるのでは、と恐れるように改めて問われて、富嶽はふん、とそっぽを向いた。顔に熱が上ってくるのを自覚しつつ、
「後ろから飛びついてこられるよりかはマシだ。ガキにはこれで十分だろ」
 と憎まれ口をたたいてみたが、初穂のように子ども扱いしないでと返ってくると予想していた反応は、
「……うん、ありがとう富嶽!」
 思い切り外れて、隊長は花開くような満開の笑顔で富嶽の手を取り、まるで大事なものを扱うように柔らかな手つきで指を絡めてきたのだった。