これは後になって聞いた話だが――
アーチデーモンが破れた後、動揺が走るダークスポーンの群に兵士達が反撃に出ると、あっと言う間に総崩れになったのだという。
一時はフェレルデン軍の劣勢に傾いていた戦況は一挙に覆り、逃走するダークスポーンを追い散らすまで、それほど時間はかからなかった。ブライトはここに終結し、人々はかけがえのない平和を確かに勝ち取ったのである。
戦いの疲労と犠牲に心をすり減らしながらも、平和を勝ち得た事に、人間、エルフ、ドワーフ、魔導士が各々の立場を忘れ、抱き合ったり歓声をあげて喜びを分かち合っていた、その頃。
アーチデーモンを討ち取ったシャーリィンは、一時心臓すら止まるほどの重傷を負い、生死の境をさまよっていた。
激しい戦闘の爪痕は純白の体を情け容赦なく引き裂き、アーチデーモンと自身の血で真っ赤に染め上げていた。中でも、幾重にも連なった牙によってかみ砕かれた両足は、ほとんど寸断しかけていたそうだ。
『あの姿を見た時はもう駄目かと思ったよ』
国務の合間を見て見舞いに訪れ、物語るアリスターは、その時の光景を思い出した様子で、痛々しげに顔をしかめた。
『モリガンがありったけの力を込めて治癒の魔法をかけたから、何とか一命を取り留めたんだけどな。あの時ばかりはあいつを見直したよ、魔女の娘も、たまには良いことをする』
『……モリガンは、今……?』
まだ自力で起きあがれず、枕に頭を預けたままシャーリィンが問いかけると、アリスターは首を振る。あの夜宣言した通り、彼女は誰にも見咎められぬうちに姿を消してしまったらしい。
(礼を……言いたかった。見送りもしてやりたかったな)
頭で理解していても、離別は辛い。まして自分が生きながらえたのは、モリガンが助けてくれたからだ。せめて最後に一言、何か言ってやりたかった。淡い後悔を抱きながら、シャーリィンは話の続きに耳を傾けた。
何とか息を吹き返したものの、シャーリィンの傷は相当に深く、予断を許さない状況だった。
ちぎれかけた体が魔法の神秘によってつなぎ合わされ、砦にあった担架で王宮へ運び込まれた後、彼女を救うため、何人ものヒーラーが尽力したのだという。
精霊の癒し手ウィンはもちろん、サークルの主席魔道士アーヴィングやブレシリアンの伝承者ラナーヤ、王宮医をはじめとして、勇敢なグレイ・ウォーデンの生還を願う多くの者達が列をなして手を差し伸べた(とはいえそのほとんどは、他の傷ついた人々への救済へ向けられたが)。
そして彼らが知識と力の及ぶ限り、何日も治療に専念した結果、戦が終わって二週間後、ようやくシャーリィンが意識を取り戻したのだった。
最初のうちはほんの数分、切れ切れに浮上しては眠りに落ちる事を繰り返すばかり。しかしじょじょに意識がはっきりしてきて、食事をとれるようになると、そこからの回復はめざましいものだった。
治療を行うウィン達が目を瞠るほどの早さで傷がふさがり、ベッドの上で身を起こせるようになったその数日後には、何かに掴まっていなければならないとはいえ、自力で立てるようにまでなっていた。
『さすがグレイ・ウォーデンね、頼もしい事。やはり普通の人とは体力が違うのかしら』
なかば感心、なかば呆れた様子でウィンが言ったように、これほど迅速に回復出来たのは、グレイ・ウォーデンの希なる血によるものなのかもしれない。
ではダークスポーンのおかげで命拾いしたのか、と思うと複雑な気持ちにもなったが――ともあれ、ブライトの打破よりちょうど三ヶ月後の事。
戦によって破壊された首都デネリムが少しずつ在りし日の姿を取り戻し始めた頃、王宮では久方ぶりの宴が催される事となっていた。その名目はブライトの英雄たるグレイ・ウォーデンの快気祝いである。
「……ゼブラン。やっぱり、おかしいんじゃないか、こんなのは」
すっかり夜も暮れた頃、王宮の広間へ連なる控えの間にて、シャーリィンはその日十回目になる質問を投げかけていた。赤い布張りの長椅子に腰掛けて、落ち着かなく体を動かすシャーリィン、その傍らに立ったゼブランは苦笑を浮かべる。
「一体何度確認するつもりなんだ? 君はそんなに僕の言葉が信じられないのかな」
「いや、そういう訳ではないが……とにかく、私はこんな格好をした事がない。道化にでもなった気分だ」
そういって居心地が悪そうに自身を見下ろすシャーリィンの目に映るのは、その身を包む純白のドレスだった。
手で隠したくなるほど襟刳りが深いそれは、胸元も露わだし、肩がほとんどむき出し、しかも上半身の線にぴったりと張り付くようなデザインで、これまで出来るだけ人目を避けてきたシャーリィンには裸とも思えるほど露出が過度だ。
一応ショールも肩にかけてはいるが、これが透けるほど薄い布を何枚もかぶせているような代物で、少なくとも目隠しの役割は担っていないようだ。
もしこれで、肘まで包み込む長手袋や、腰から足下までをゆったり覆う裾がなければ、彼女は断固として着衣を拒んだだろう。
「全く、レリアナはやりすぎなんだ。ドレスなら自分に任せろ、オーレイ流なら間違いないというから頼んだというのに、これは派手すぎるだろう」
まだ若干歩行が不自由なために携帯している杖に、手と顎を乗せ、シャーリィンがぶつぶつ文句を言う。
真っ白なだけならまだ良いのだが、レリアナは張り切ってシャーリィンを飾りたてていた。
一体何をどれだけ塗りつけるつもりなのかと思うほどあれこれ化粧を施され、なにやらじゃらじゃら音のする髪飾りをつけられ、首にはずしりと重いエメラルドのネックレス、そして胸元には赤い薔薇をあしらったコサージュ、腰には長く裾を垂らす銀の帯まで巻かれる始末。鏡を見てみたら、あまりのごてごてぶりに目がちかちかしたほどである。
それとは対照的に、色味を極力抑えた正装のゼブランは、
「いいや、そんな事はないよ」
ソファの上にふんわりと広がるドレスの裾をよけて隣に座り、背もたれに頬杖をついて微笑む。
「レリアナの美的感覚はさすがだ。君をいかに美しく見せるか、熟考した成果が見事に表れている。
シャーリィン、そんなに心配しなくても、君はとても美しいよ。この僕をして言葉が出てこないくらいにね――いっそどこかに閉じこめて、誰の目にも触れさせずにいたいよ」
「……」
本気なのか冗談なのかいまいち判別がつかず、シャーリィンは言葉に窮して黙り込んでしまった。
ゼブランの軽口は以前と変わらないのに、ひどく情熱的な眼差しと声音で語られると、どうしようもなく恥ずかしくなってしまう。
「そ、それはともかく」
頬が急に熱くなってきたのに慌てて、シャーリィンは顔をそらしながら続ける。
「まだ皆が大変な時期に、宴なんて開く必要はないんじゃないか。
こんな贅沢なドレスを作ったり、飲み食いして浮かれ騒ぐくらいなら、避難民に食事を振る舞ってやればいいのに」
「まあこればっかりは仕方ないさ、シャーリィン。上流階級の方々は下々の苦しみなんて省みないものだ。
生まれつきそんな美しい哀れみの心なんて持ち合わせてないんだから、期待するだけ無駄さ」
「何だそれは。アリスターもそうだと言いたいのか?」
辛辣な物言いにカチンとして睨むが、ゼブランはニヤニヤとからかうような笑みを浮かべている。もちろんそんな事はないよ、と肩をすくめて、
「ダークスポーンを蹴散らしてから三ヶ月、勝利の余韻は覚めて、そろそろ辛い現実に息切れがしてくる頃だ。
たまには責務から離れないと、いくらお偉方でも我慢出来ないだろうからね。とりわけアリスターが一番に音を上げる時期じゃないか?」
「……まぁ、疲れてはいるようだったな」
最近はごくたまにしか来なくなったアリスターは、顔を見るたびいつもげっそりしていた。
仕事は何とかやりこなしていると言っているが、慣れない重責に疲労困憊しているのは確かだろう。
「適度に王の機嫌を取って、次の仕事へ向かわせるには良い頃合いだと思うよ。摂政殿は上手いこと、アリスターをあやしてると見えるな」
いちいちとげのある言い方が若干引っかかったが、本気で毒づいてる様子でもない。ゼブランは単に面白がっているだけのようだ。
アンティヴァで常に政争のただ中にいる黒カラスの仕事をしていた身としては、政を担う者達をちゃかさずにはいられないのかもしれない。
「それに、ただどんちゃん騒ぎをする為に連中を集めた訳じゃないだろうね」
布地がなめらかに光を反射する、見るからに高級な礼装のまま、ゼブランは片足を行儀悪くソファの上に乗せて、話を続ける。
「ブライトで痛手を受けたのはデネリムだけじゃない。未だに被害が把握し切れず、満足に民を救済出来ないところもあるようだからね。
今日の宴で諸侯を集めて国内各所の様子を聞き取るのも目的の一つのはずだ。お互いの現状を把握して、互いに協力する約束を取り付ける腹積もりでやってきたっていうのもあると思うよ」
「……なるほど」
この集まりには、そういう意味合いもあるのか。やはり裏の仕事とはいえ、政治に関わってきた者は読みが深い、と感心するシャーリィン。
と不意に、ゼブランが何気ない仕草で手を伸ばしてきて、シャーリィンの髪に指を絡ませた。
(えっ?)
思いがけない動きに驚いて目を瞠る彼女に、
「でも、皆の本音はそんなものじゃないだろうな」
妙に底光りする、怖いような、どこか艶めかしいような瞳を向けて、ゼブランは口の端をあげた。戯れるようにくるくると髪の先をもてあそび、
「諸侯連中が、山積みの仕事を蹴ってデネリムに馳せ参じたのはきっと、君に会うためだ。何しろ君は救世の女神で、ブライトを初めて乗り越えたグレイ・ウォーデンだ。その奇跡のような存在を」
その手がするりと髪の合間に滑り込んで、その下にある首筋に触れた。そしてシャーリィンに顔を近づけ、
「――この目も眩むような美しい姿を、一目見たいと願っても不思議はない」
甘く低い声で囁きかけてくる。その響きを耳にした途端、
(う……あっ)
シャーリィンはぞくぞくっと震えて、思わず身を引いてしまった。よせ、と声まで震わせて呻く。
「わ、私に触るな、ゼブラン」
するとゼブランが傷ついた様子で顔を曇らせた。
「僕に触られるのは嫌かい? シャーリィン」
嫌とは違う。逆に好ましいと思ってしまうから困るんじゃないか。と言ったら言ったで厄介な事になりそうな気がしたので、シャーリィンは咳払いをする。
「嫌というか……その、落ち着かないからやめてくれ。今はこんな事をしてる場合じゃないだろう?」
その言葉はゼブランの機嫌を更に損ねたらしい。あぁ、とがっくり肩を落とし、
「何てつれないんだ、君はひどいな。ここ数ヶ月、僕がどれだけ君を恋しがっていたのか、まるで想像できないっていうのか? 君が一日も早く良くなるようにと祈りながら、幾夜枕を涙で濡らした事か」
「そ、それは、……心配をかけてすまない、ありがとう」
皆の手をさんざん煩わせてしまった事を申し訳なく、またありがたくも思っていたから、もう何百回目かも分からないような謝辞を口にした。が、ありもしない涙を拭いながら、ゼブランはこちらに流し目を送り、
「僕も一人寝がこれほど辛いものだとは知らなかった。なんなら、今すぐこの場で君を押し倒したいくらいだよ、シャーリィン」
そう言いながら、いきなり身を寄せてきたので、
「っな!?」
シャーリィンはとっさに椅子の端まで、ずさっと後退してしまった。
「な、お、お前、何を言ってるんだ!! そ、そんな事許さないからな!?」
まさかとは思うが、以前襲われた事もあるし、ゼブランならやりかねない。そう思うと全身の血が逆流する勢いで頭に血がのぼり、耳まで熱くなってくる。肘掛けに掴まり、思わず声高く叫ぶと、ソファの中央に残されたゼブランは、
「――僕が君にこんなところで無理強いすると? まさか! そんなに心配しなくても、取って食いはしないよ、シャーリィン」
失望するかと思いきや、またニヤニヤと楽しげな笑みを顔中に張り付かせていた。
(ぐっ……すっかり遊ばれてるっ……!)
からかわれたのだと気づいて、シャーリィンはうーっと、不満を示す子供のように唸ってしまった。ゼブランはこのところ、シャーリィンを玩具にするのを楽しんでいる節があって、何度も煮え湯を飲まされているから悔しい。
(な、何か反撃したいっ)
負けん気の強さも手伝って、良い手はないかと考えようとしたが、その時ドアをノックして衛兵が入ってきた。
「シャーリィン様、ゼブラン様。そろそろ広間へおいで頂けますでしょうか。みなさま、待ちかねておいでです」
「分かった。さぁ、行こうか。シャーリィン」
すっと立ち上がり、ゼブランがシャーリィンに腕を差し出す。何事も無かったかのような振る舞いに釈然としなかったが、今は拘っている場合でもあるまい。
「ああ。……んっ」
シャーリィンは彼の腕に掴まり、もう片方の手で杖をつきながら、ぐっと椅子から腰を上げる。そして少し足を引きずりながら、杖とゼブランを頼りに、ゆっくりと広間の扉の前まで移動した。
両開きの扉はまだ閉ざされていて、隙間から明かりと共に、中のざわめきが微かに漏れ出ている。その声の内に、
『……皆も知っての通りだが、我らグレイ・ウォーデンはオスタガーの戦いで一度大きな敗北を喫した。
ケイラン前王と共に偉大なるダンカンを失い、もはやブライトを止める事など出来るはずもないと、私などは深く絶望と悲嘆に暮れたものである……』
なかなか堂の入ったアリスターの演説が聞こえてきて、シャーリィンはほう、と眉を上げた。
(なんだかんだいって、上手くやってるじゃないか、アリスター)
諸侯会議で王に推薦した時は、「王になんてなりたくなかったのに、お前のせいで」と嫌味を投げかけられたものだが。
しかしダンカンの死を嘆いて、涙に溺れそうになっていた頃を思えば、彼もまたずいぶん変わったものだ。
「シャーリィン」
そんな事を思いながら待機していたら、ふとゼブランが身を屈めて呼びかけてきた。
「ん? 何だ、ゼブラン」
雑談でもするのかと首を傾げるシャーリィン。ゼブランはそれを見つめ、
「すっかり失念していたんだけど、僕からお祝いの口づけを捧げてもかまわないかな?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてウィンクしてくる。途端、
「い、今!?」
シャーリィンはぎょっとしてまたも、調子外れの声を上げてしまった。
「そ、そんなのは後でいいだろう、馬鹿っ」
今にも、諸侯貴族達がずらりと居並ぶ広間への扉が開こうという時に、何だってそんな馬鹿な事を言ってくるのか。
相手の考えがまるで読めずに混乱するシャーリィンの腰にするっと手を回し、ゼブランはさらにニッコリ笑って見せた。
「言っただろう? この三ヶ月、朝も昼も夜も、君の事ばかり考えて苦しいくらいだったんだ。これ以上禁欲を続けてると、僕は何をするか分からないよ。
本当はこの場からさらって、どこか人目のないところに行きたいけど、君の立場もあるからね。そればかりは我慢するから、せめて接吻の一つくらい、許してくれてもいいんじゃないか?」
「せ、せめてってお前な……そんな、ふ、二人きりでもないのに、そんな事が出来るわけ……」
腕に捕らえられ、シャーリィンは焦ってじたばたしながら扉の方を振り返った。そこには先ほどの衛兵が、取っ手を掴んでまっすぐ立っていたが、
「なぁに、彼らは王宮に仕えるものとしてのマナーを身につけているからね。壁のしみだとでも思えばいい」
ゼブランの言葉を裏付けるように、礼儀正しく回れ右し、私は何も見ていませんよ、と背中で主張してくる。
(ば、馬鹿、そこは止めろ、止めてくれっ!)
唯一の味方になりそうな人物にもあっさり裏切られ、シャーリィンは思わず心中で詰ったが、そこでぐいっと胸の中に引き寄せられたので、息が止まりそうなくらいどきっとした。
ゼブランに抱きしめられるのは、この温もりに触れるのは三ヶ月ぶりだ……そう思った途端、
「――っ」
刺すように胸が痛くなり、指先がちりちりと痺れてくる。ついその衝動に突き動かされて、シャーリィンはゼブランの背に手を回して、ぎゅっと服を掴んでしまった。
「……シャーリィン」
顔を上げると、ゼブランが穏やかな、柔らかい光を宿した瞳に、彼女を映し出している。シャーリィンの目にもまた、ゼブランの姿しか映らない。
「ゼブラン……」
名を口にするほど、体が熱を帯び、鼓動が高鳴っていく。こうしてまた、生きて彼に触れる事が出来て本当に良かった。突き上げるように、心の底からわき起こる喜びに、くらくら目眩までしてきた時、ゼブランがふっと顔を傾け、優しく唇を重ねてきた。
(あぁ……ゼブラン……)
ひとたび触れれば、躊躇いも恥じらいも消し飛ぶ。喜びは圧倒的な幸福感となってシャーリィンの体の隅々まで満ちあふれ、
(好き。ゼブラン、好き)
声にならない思いが今にもこぼれだしてしまいそうになる。柔らかな温もりが、恋しくてたまらない。
「っ……」
時が経つのも忘れるほどぴったりと身を寄せ、無意識に先の展開を願って更にすがりついたが、そこでふっとゼブランが離れた。
「あ……、?」
多幸感で頭が働かず、ただ、触れるだけであっさり終わった口づけに拍子抜けして、シャーリィンはぼんやりとゼブランを見上げた。なぜ、と問いかける眼差しにくすりと笑ったゼブランは、彼女の唇を指で軽くなぞり、
「あまり激しくすると、口紅がとれてしまうからね。……続きはまた後で。楽しみにしておいで、マイディア。忘れられない夜にしてあげるよ」
とろとろと溶けるような声で甘く囁く。途端、シャーリィンはまたカァッと顔が真っ赤になるのを感じて、
「……っ、の、馬鹿っ。お前は、本当に、ろくでもない奴だっ」
照れ隠しに呻いて、ぐいと身を離した。その機会を窺っていた衛兵がごほん、と咳払いし、
「――陛下のお召しです、シャーリィン様、ゼブラン様。どうぞ、中へお入りください」
ぎぃ、と音を立てて扉を開く。それまでこもっていた音が不意に溢れ、赤々と炎が灯されたキャンドルが暖かく広間中を照らし出す中、着飾った人々が列を成す細長い卓の一番奥で、
「待ちかねたぞ、我が友、グレイ・ウォーデンのシャーリィンよ。さぁ、こちらへ来てくれ。そなたとゼブランの席は私の隣だ」
すっかり威厳を身につけたアリスター王が立ち上がり、腕を広げて彼女の来場を受け入れる。それに合わせて誰彼ともなく拍手がわき起こり、広間はあっと言う間に歓喜と興奮の渦に飲み込まれていく。
(あ、圧倒されてしまうな、これは)
その場の空気に気圧され、シャーリィンは何も言葉を発せず、ゼブランの付き添いで王の元へと向かう。彼女を追って動くいくつもの視線を感じて、いささか居心地の悪い思いをしながらようやくたどり着くと、
「ああ、シャーリィン……まだ全快というわけではないようだが、そなたの回復を、私は心から嬉しく思うぞ」
アリスターが感極まった様子で、細めた目に涙さえ浮かべた。言葉こそ改まっているが、その表情は彼女がよく知る青年のものと、少しも変わりなく、優しさに満ちている。
「……ありがとうございます、陛下。手厚いもてなしをいただき、私も心より感謝しております」
それ故に、シャーリィンも丁寧に礼を述べながら、朗らかに微笑みかけた。
本当に生きて戻ってこられたのだと。こうしてまた、仲間達と言葉を交わす事が出来るのだと。それをしみじみと実感して、今ようやく、心から安らぎを得たような気がする。
(私は、帰ってきた)
それを嬉しく思いながらゼブランの腕を掴む手にぎゅっと力を込める。それに気づいたゼブランもまた微笑み、彼女の手をぽんぽんと叩いた。その気安い仕草が、また嬉しい。
(良かった――本当に、良かった)
再びこみ上げてくる喜びを噛みしめて、シャーリィンは椅子に腰を下ろし、和やかな宴の時を思いがけないほど十分に楽しんだ。
……その一方で、その美しく可憐な姿と微笑に心を射抜かれた若者達とゼブランの間では、激しくも密かな攻防が繰り広げられていたのだが――それはまた、別の話。